抜きゲー

『ハジラブ -making*lovers-』レビュー

去年、SMEEがとんでもなく抽象的(というかタイトルが抽象的)なゲームを出した。 『ハジラブ -making*lovers-』 ほら、このゲームの本題は「はじらぶ」、つまり初恋で、サブタイトルの方がSMEEの別の有名作『Making Lovers』なわけ。メイキング・ラバーズ、つまり……人を、いや、「彼女を作る」って意味だろう。なんでこのタイトルが抽象的かっていうと、パッと見だと『Making Lovers』の続編に思えちゃうのに、実際はそうじゃないところ。 なんでこんな命名にしたのか、ズバリ言えば単なる便乗、話題性目当てだ。絵師も脚本も制作チームも『Making Lovers』とは何の関係もない新作を、あたかも『Making Lovers』シリーズの精神的続編だと錯覚させて買わせて、売上を伸ばそうという魂胆である。 だったら最初から本物の『Making Lovers』続編を出せよ、となるわけだが、ここがミソで、『ハジラブ -making*lovers-』の真の狙いは「抜きゲー」分野への進出だった。これまでのSMEEといえば社会寄りの「純愛」路線、いわゆる「婚活ゲー」ばかりで、SMEEのゲームで抜こうなんて誰も思っていなかった。だから今回の「実用性」への挑戦はやけに照れくさくて、「純愛」だと何度も繰り返し強調している。もう抜きゲー絵師を何人も引っ張ってきているのに。 だが『ハジラブ -making*lovers-』の反応は予想以上に良かった。突然抜きゲーになったと戸惑う古参ファンも多かったが、体は正直、売上は嘘をつかない。 SMEEの成功を参考に、同じ会社のHOOKも当然この一歩を踏み出す。そうして生まれたのが、この『シークレットラブ(仮)』である。

『ハジラブ -Making*Lovers-』レビュー

Making*Lovers は SMEE が前に出したゲームで、あれは評判が良かった。理由はいくつかある: 音楽がいい ギャグが面白い キャラが可愛い 恋愛が甘い 他の人は知らんが、俺はこの四つが主な理由だと思う。その後 SMEE は異世界転生ものをいくつか作ったあと、ようやく本質に戻るべきだと気付いたのか、この新作を出してきた。予算が足りなかったのか、新作なのに前作の皮を被せてきて、同じ『Making*Lovers』を名乗っている。だが俺から見れば、この二つのゲームには本質的な違いがある。

『日向千尋は仕事が続かない』レビュー

一、 先日、うちの職場でそこそこハードな残業があった。 内容自体は大したことじゃない。システムのアップグレードで、俺たちの仕事はメインシステムのアップグレードが終わった後に、それと連携するソフトやインターフェースの動作確認をするだけ。終わればもうお役御免だ。 見た目はすごく簡単そうなんだが、問題はメインシステムのアップグレードが必ず深夜に行われて、しかも何時間もかかること。 おおよその見込みでは午前2時にメインシステムのアップグレードが完了、俺たち連携側は午前2時以降にようやくテストを始められる。終わる頃にはだいたい午前3時か4時だ。 最初の計画は土曜にアップグレード、日曜に利用者が少ないのをいいことにテストして、問題を見つけて潰して、月曜を迎えるはずだった。 ところが問題はすぐに来た。土曜のアップグレードはめちゃくちゃ順調じゃなかった。
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『神待ちサナちゃん』レビュー

神待ち 読み方:かみまち 「救いの手を差し伸べてくれる人を待つ」といった意味だが、特に、家出した女性が自分を泊めてくれる男性を電子掲示板などで探すことを意味する表現。

『ずっと前から女子でした』レビュー

懐古趣味に浸っていると、どうしても小学校の頃を思い出す。 小学生の頃の自分は、いつも ACG の主人公みたいな気分だったからだ。 人は自分がイケてた頃を懐かしむもので、ダサかった頃は思い出したがらない。こればかりは仕方ない。とはいえ、俺のいわゆる「主人公」っぷりは、北京まで行って「X フェージョン」で「ヤバいほど最高だ」と吹聴したわけでも、喜茶を飲みながら自転車でケツを擦ったわけでも、毎日ノート PC をバラして Raspberry Pi をいじくり、湘南訛りで「どれほどどれほどどれほどヤバいか」を語ったわけでも、ましてや女教師と鳩娘、それから日本語教室で出会った女子学生の間を毎日渡り歩いていたわけでもない。ただ小学生の頃、成績はそこそこ、容姿もそこそこ、話し方もそこそこ、女子のほうからちょっと近寄ってくる程度だった、それだけの話だ…… だが、小学生時代の「主人公」に何が得られたというのか? 小学生なんて何も分かっちゃいない。俺も何も分かっちゃいなかった。

『妹ぱらだいす!3』レビュー

去年の十月、北京で瘋牛居士竹牛逼が東四民芳レストランで灌腸をご馳走してくれた時、彼がこんな質問をしてきた。 「お前のブログ、今かなりイケてるよな?」 「イケてるも何もないわ。俺のブログでイケてるのは一箇所だけだ。」 「どこだ?」 「Googleで「妹ぱらだいす2」って検索してみろ。一番上に何が出るか見てみろ。」 「何を検索するって?一摩托……何だ?」 「日本語だよ!」 それから竹牛逼に「妹ぱらだいす2」を検索するよう指示して、一番上の結果を見た竹牛逼も思わずこう唸った。 「すげえすげえすげえ、マジすげえ。」 「だろ?俺のブログの唯一すごいところはこれだけだ。まあ、どう説明していいかはわからんがな。」

『田舎姦 ~奇跡のイキ神力で純朴娘に精注入♥~』レビュー

高校の頃は毎日ネット小説を読んでいて、かなりの数を読んだ。大半は実のところ……まあまあってところで、ネット向けに書きすぎなものもあったけど、一応は物語として成立していて個性もはっきりしていた。爽快感重視のものに文学性を求めるほど野暮じゃないし、逆に真面目に書かれたものを爽文として読んだりもしないけどね…… あー、でもガチで書かれてるネット小説ってほんと少ないんだよな。ほとんどがネットスラング全開で、しかもセルフツッコミ付き。文学作品の中で自分で自分にツッコミ入れるのは別に悪くない、むしろ面白さが増すこともある。ただ、ツッコミが度を越すとちょっとよくないな。 前に読んだネット小説が二つあって、一つは『三国厚黒伝』、もう一つは『我是这样泡到校花的』。後者は実は悪くない。個人的にはそこそこおすすめで、学園ラブコメとしてはなかなかの内容だ。ただ前者は……首を振るしかないw もちろんこの二つを挙げたのは共通点があるからで、どちらも自前のツッコミを好んで挟んでくるのだ。

『パコマネ わたし、今日から名門野球部の性処理係になります…』レビュー

高校の頃、よく「歓歓文苑」というサイトを見ていた。実態はアダルトサイトのテキスト版みたいなもので、定期的に更新されるエロ小説が載っていた。 そのサイトは俺が大学を卒業するまでしぶとく生き残っていたが、その後は消えた。今に至るまで、二度と復活していない。 あのサイトにはなかなか良い文章がいくつかあって、筆致がかなり上手く、中には想像を掻き立てるものもあった。一番印象に残っているのは女教師の話で、女教師が生徒の成績を上げるために、クラスの落ちこぼれ連中が全員学年トップに入れたら体を差し出す、抱かれてもいいと生徒と約束する話だ。 その小説の描写もなかなか面白くて、教師もいくつもの心理的障壁を突破していく。校長の淫威に屈するかと思いきや、逆に生徒に身を捧げる方を選ぶ。結末はちょっと意外で、むしろハッピーエンドっぽい感じすらあった。 ああ、話がだいぶ逸れた。ただ、物事の定型ってのは時に思いがけない効果を生むものだ。たとえばこの『パコマネ わたし、今日から名門野球部の性処理係になります…』というゲームがそう。

『こいのす☆イチャコライズ』レビュー

子供の頃、父は俺の宿題を厳しくチェックしていた。中でも一番厳しかったのが作文だ。 「チェック」って何かというと、俺が作文を書いたらまず父に見せて、ダメ出しをもらい、父が納得して、まあまあ直ったなという状態になってからじゃないと提出できなかった。 理不尽だろ? めちゃくちゃ家長的なやり方だろ? でも物事には両面あって、父自身が文章を書くのが割と上手かったおかげで、もらった意見の多くは役に立った。 一番印象に残っているのは记叙文についてで、父はよく俺の書いたものを「つまらない」とバッサリ言った。つまり読者が続きを読みたいと思わないってことだ。「話には起伏があるべきだし、場合によってはサスペンスも必要だ。そうじゃないと読んでもらえないぞ」と。 「でも俺が覚えてる出来事自体が退屈なんだよ」——確かおばあさんに席を譲る話を書いたんだったと思う。『記一件有意义的事』ってやつ。 「話を組み立てればいいじゃないか。たとえばおばあさんに席を譲るんだけど、最初は頑なに座ろうとしない。後になって、自分は年寄り扱いされるのが嫌だったと説明する、とか……」 「でもそれって完全に作り話じゃん……」 「お前が書いてる席譲りの話自体、作り話じゃないのか? お前、席なんて譲ったことあるのか?」 「………………」
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『ナツイロココロログ Happy Summer』レビュー

声優の松永莉佳(蓬かすみ)はきっと『ナツイロココロログ』を演じて心底よかったと思っているに違いない。なぜかって、彼女のTwitterページを見ると、彼女が演じたキャラで堂々と見せられるのはこのゲームのメインヒロインだけなのだ。彼女が演じた他の作品のキャラは、雑魚かボスか、あるいは主人公なら必ず巨乳を凌辱される抜きゲーのヒロインで、アイコンにするのすら恥ずかしい代物ばかり。 実際『ナツイロココロログ』のヒロイン・常磐久遠はめちゃくちゃ可愛い。原画の白もち桜の萌え必殺技のおかげで、このゲーム自体が「萌えゲー」界の清流だ。このゲームにシナリオだの音楽だのCVだのは一切不要、そこそこ良ければそれでいい。画風だけで萌え豚どもは万歳三唱するだろう。 だが皆も知っての通り、俺は萌え豚でも妹萌えでもない。だから『ナツイロココロログ』をプレイしていて強く感じたのは、このゲームの主人公がとにかくクソすぎるということだけだ。前の記事でも書いたが、この主人公は唯々諾々として主体性ゼロ、ヤバいと見るや即座にタマを引っ込める。女方が何も求めず主人公が頷くだけでいいという場面で、彼はなんと背を向けて家に帰る。こんな振る舞いは現実なら「ヤって気持ちよくなったら腹がデカくなった女を置いて消えるクズ」そのものだ。なのにそんなクズがハーレム萌えゲーの主人公だなんて、到底受け入れられない。