梱枝りこ
多くのギャルゲーは話題性を狙って、ゲームを妙に「ギャップ」に作る。もちろんこの「ギャップ」は大阪の黒シャークオタクがX(旧Twitter)で見るようなものとは違うが、まあ似たようなものだ。要するに、表向きは「萌えゲー」なのに中身が異常に暗かったり、表向きは「中身のない抜きゲー」なのに深い道理を語っていたりする。
もちろん今日話すゲームは表面的な「ギャップ」だけでは済まないが、それでも十分に「ギャップ」だ。
それがこの『あまいろショコラータ2』。前作は中国語版が出てSteamにも上がっていて、タイトルは『巧克甜恋』。じゃあこのゲームの中国語名は『巧克甜恋2』になるんだろうけど、中国語化の話はまだ聞いていない。
新しく知り合った人に「Galgame やってる」と言うと、決まってこう返ってくる。
「あー、あれでしょ? やったやった、ネコぱらでしょ、なんかすごいアレなやつ、へへへ」
ネコぱらも確かに Galgame ではあるけれど、Galgame と「ネコぱら」をイコールで結ばれるたびに、内心かなりムカつく。理由は単純、俺はネコぱらが嫌いだからだ。
同じく「ネコぱら」を嫌う某政治厨のオタクとは違い、俺が嫌いな理由は原画家の右往左往でもなければ、制作陣が Steam で荒稼ぎしているからでもない。このゲーム自体が大したことないからだ!
まず、「ネコぱら」は抜きゲーであり、しかもかなり凡庸な抜きゲーだ。日常会話や設定にもこれといった光るものはなく、DLsite に放り込めば似たようなものが掃いて捨てるほどある。唯一の利点は Emote を採用していて見た目がちょっと高級なこと、そして最大のヒット理由の一つが「公式の非日本語対応」をいち早く打ち出したことだ。世界中にオタクは山ほどいて、日本語が読めずに意味不明な文字列を眺め、毎日掲示板を巡回して漢化を待つしかないという地獄を味わっていた。そこに突然、Steam で和風テイスト、日本語ボイス、ローカライズ対応、しかも安い。おまけにSteam で Galgame を遊ぶ唯一の選択肢だったわけだから、爆売れするのは当然だ。
そう、記憶が正しければ、ネコぱらが Steam に登場した当時、Willplus の英語版しかないクソゲー以外に、お前の選択肢はこれしかなかった。
つまり「ネコぱら」の成功はただの天時地利人和、時代が作った成功であって、作品そのものの質を証明するものではない。
『Amazing Grace』という有名な曲がある。日本語だと「アメイジング・グレイス」、日本語訳は「素晴らしきかな、我が神の恵み」なんて言われたりもするが、まあ要するに賛美歌だ。キリスト教と深い縁のある宗教曲で、あまりにも有名になりすぎた結果、今では宗教の枠を超えて世界中で親しまれている。
歌詞の意味はタイトル通り、神が与えたもうた恩寵を讃えるもの。ただ、人がこの曲に惹かれるのは、その「神聖さ」に心を揺さぶられるからだろう。宗教音楽が持つ独特の魔力ってやつだ。
そして今年の年末、その『Amazing Grace』の名を冠したゲームが登場した。しかも18禁エロゲー。おまけに梱枝りこが絵師、冬茜トムがシナリオという超弩級の布陣である。
冬茜トムと梱枝りこの前回のタッグは『Magical Charming』で、あのゲームは俺が「最強のギャルゲー」と呼ぶ作品だ。日常パートも伏線の張り方も、システムそのものまで光り輝いていた。その後も冬茜トムはいくつか企画を出しているが、正直いまいちだった。去年の『もののあはれは彩の頃。』もシナリオに光るものはあったけれど、どこか一歩足りない。だから今年の冬茜トムはやる気満々である。昔の相棒・梱枝りこを呼び戻し、さらに『Magical Charming』のOPを歌った佐倉紗織まで引っ張り出して、新作『アメイジング・グレイス -What color is your attribute?-』を作り上げた。意味は「Amazing Grace、お前の属性は何色?」ってところか。だがこのスタッフ陣を見てくれ、どう見てもLump of Sugarの作品である。あの鮮やかな「きゃべつそふと」のロゴがなければ、99%の人がLump of Sugarだと信じるに違いない。お馴染みのシナリオ、お馴染みの絵師、お馴染みのOP歌手。完全に同じ套路じゃないか。
もちろん、このゲームをやったのはきゃべつそふとに期待があったからでも、シナリオに特別なこだわりがあったからでもない。「冬」のゲームだからだ。
そう、俺を知ってる人なら分かるだろう。俺は冬の雰囲気が好きなのだ。雪が舞い散るあの彩りが好きだから、必然的に冬が舞台のゲームも好きになる。
で、発売リストを見ていたら『アメイジング・グレイス』があって、舞台は冬、シナリオも外れではなさそう。ならばやってみるか、と。
時々思うことがある。日本の脚本家がアニメやゲームの原案を手掛けるとき、あいつら書きに書いてるうちに量産してるんじゃないかって。
…………いや、脚本家が生み出すものって、どう見てもワンパターンじゃね? って言いたいわけ。
例えばルルーシュ、例えばギルティクラウン、例えば革命機、例えば最新の……なんだっけ? カバネリ?
別に大河内一楼を悪く言うつもりはない、あの人ベスト脚本賞取ってるし。そうじゃなくて、ギャルゲーの話。脚本家がいくつものゲームを書くと、「同じ手口を使い回す」問題があるんじゃないかってこと。
実はかなり前から気づいてた。例えばゆずソフトのサノバウィッチの椎葉√と、その後に発売された鯨神のティアスティラのリル√はかなり被ってた。これが籐太の仕業かは知らないし、偶然かもしれない。でも「腕のある脚本」なら「臨機応変にできず一つのルートしか書けない」なんてことはないはずだろ。それじゃあまりにも手詰まりすぎる。
だけどな……星恋*ティンクルに関しては……もう何と言っていいか……