『残念な俺達の青春事情。』レビュー
現実でこういうタイプの人間を見たことがあるだろうか。口がとにかく悪くて、話すたびに揚げ足取りのような口調。でも相手の顔色をうかがうのは上手くて、怒り出しそうだと察すると素早く口を閉じる。相手が本当に怒っているのか、本当に機嫌が悪いのかを敏感に、繊細に読み取る。それでいて相手が自分をどう思っているかも気にしていて、相手の感情に合わせて発言をコントロールする。なのに口だけは簡単に緩めない。毒舌の高みを保ったままだ。彼らは他人から、小さなコミュニティから、社交から自らを断ち切る。でも孤独は怖い。理解されないのは嫌だ。友達が欲しい。なのに心のわだかまりは捨てられない…………人と親しくなりたいのに、簡単に親しくなられるのも怖い。彼らはそういう矛盾した存在として生きている…………
こういう現象には、日本語で専用の言葉がある。ヤマアラシ症候群だ。
傷つくのが怖いから、他人を傷つける。心の優しさが他人を傷つけることを許さないのに、自分では傷つけるのをやめられない。だから自責と矛盾の中に陥って、おかしな馬鹿げたことをしてしまい、さらに大きな傷を作る。これがヤマアラシ症候群のいわゆる良くない現れ方だ。
現代社会にはこういう人が結構多い。でもこういう人は可哀想でもある。根っこの根性は大抵悪くないからだ。みんな優しい人間で、傷つくのが怖いというだけで、表面は「毒舌の悪人」になってしまい、本来背負う必要のない外からの評価を背負っている。ヤマアラシのように、傷つくのが怖いから他人を刺し、自分は丸まって人前に出ようとせず、他人に残すのは全身のトゲだけ。
実はこういう人も救われるし、他人の偏見から抜け出せる。必要なのは、手を引っ張ってくれる誰か一人だけ。そしてその人には、この「ヤマアラシ」の攻撃を受け止める力が要る。要するに、傷つくこと。しかも傷つくことを恐れないことだ。
だから『残念な俺達の青春事情。』というゲームは、たぶんこういう話をしている。