ゲーム

『妹ぱらだいす!3』レビュー

去年の十月、北京で瘋牛居士竹牛逼が東四民芳レストランで灌腸をご馳走してくれた時、彼がこんな質問をしてきた。 「お前のブログ、今かなりイケてるよな?」 「イケてるも何もないわ。俺のブログでイケてるのは一箇所だけだ。」 「どこだ?」 「Googleで「妹ぱらだいす2」って検索してみろ。一番上に何が出るか見てみろ。」 「何を検索するって?一摩托……何だ?」 「日本語だよ!」 それから竹牛逼に「妹ぱらだいす2」を検索するよう指示して、一番上の結果を見た竹牛逼も思わずこう唸った。 「すげえすげえすげえ、マジすげえ。」 「だろ?俺のブログの唯一すごいところはこれだけだ。まあ、どう説明していいかはわからんがな。」

『眠れぬ羊と孤独な狼』レビュー

Clockup は「とても真面目な」ゲームをよく出す会社だ。もっとも、大半の時間に抱く印象はそうじゃないけど。 Clockup の代表作は euphoria で、これがどんなゲームかは自分で検索すれば分かると思う。それ以来、Clockup というブランドが出すゲームの多くは「隠す気ゼロ」な印象を与えてくる。 ここでいう「隠蔽なし」とは、ゲーム内容における「直接性」や「暴力性」だけを指すわけじゃない。むしろ、そもそも「18禁」ゲームそのものの特色を体現しているってことだ。18禁って何かって言えば、要は成人向けコンテンツでしょ。成人向けコンテンツって何かっていうと、色情だけじゃなくて暴力もあるわけで。だからこの二つの要素が、Clockup の多くのゲームでこれでもかとぶちまけられているってわけだ。 Clockup は数多くの抜きゲーを世に出してきて、「エロ」のイメージを存分に表現してきた。それと同時に、「シナリオゲー」も多数リリースしていて、面白い物語をたくさん語ってもいる。もちろん、そうした物語には「エロ」だけでなく、露骨な「暴力」も含まれている。さらにぶっ飛んでいるのは、Clockup が妙ちくりんな笑える抜きゲーまで出していることだ。作風はこれまでのダークな路線とはまるで違う。しかし、これら毛色の異なるゲームはすべて同じブランドから出ているのであって、他の会社のようにサブブランドを立ち上げて分類するわけではない。なんだかすごくいい加減に見える。これこそ、俺が最初に Clockup はいつも奇妙な印象を残すと言った理由だ。 しかし間違いなく、Clockupは定期的に、時にはかなり含蓄のある良作を出してくる。初期のどこか文芸映画風の『夏ノ鎖』だけではなく、数年前の『Maggot baits』も強く印象に残っている。絶望の極致にある世界で、もう一度希望が生まれる物語を描いていたが、内容はやはり非常にハードコアなエロと暴力に満ちていた。それらは意図的に盛り込んだものではなく、ゲームのテーマをしっかり際立たせている。いわゆる「過激」な要素に妥協する気は一切ないらしく、必要なCGはきっちり出す。少しの美化もない。時々、そこには「暴力美学」とでも言うべき要素すらあるように思える。 このスタイルを思い出させるもう一つのゲームが DOOM だ。暴力に反対してきた連中は多いが、そいつらはみんな死んだ。 そうして『Maggot Baits』を作った当時のスタッフが再びClockupに集結し、またもやややダークな雰囲気の『眠れぬ羊と孤独な狼』を届けてくれたわけで、当然期待も高まるというものだ。

『金色ラブリッチェ』レビュー

SAGA PLANETS のゲームには特徴がある。物語の構造が常に、個別ルートで分散したメインストーリーを紹介し、最後にすべての手がかりを融合させて真の結末へと向かう GRAND END で構成されているのだ。 このパターンは同社のいくつかのゲームに応用されている。[《はつゆきさくら》]から[《キサラギGOLD STAR》]、そして[《花咲ワークスプリング!》]や[《フローラル・フローラブ》]まで、大体は個別ルートで適当に話を進め、個別ルートの最後でメインストーリーに関するいくつかの謎に触れることがあり、すべての個別ルートをクリアした後に初めて本当のメインストーリーへの入り口、つまり TRUE END が解放される。 実はこのパターンに問題はない。むしろ面白いし、謎もあって良い。だがこのパターンがすべての物語に適しているわけではない。SAGA PLANETS のゲーム歴の中で、この路線で失敗したゲーム、あるいは本来の爆発力を発揮できなかったゲームは少なくない。それらのゲームは大体日常系で、メインストーリーが弱く、「メインストーリーを語るために無理やりメインストーリーを作った」感じがする。言い換えれば、こんな劇情ロックを設ける必要は全くないのだ。明らかに萌えを売る作品なのに、無理にメインストーリーを隠して所謂「真相」を作り出し、それを見ても「は?こんなもん?」と思うだけで、逆効果だ。 近年の SAGA PLANETS のゲームの題材はどんどん面白くなくなっている。去年の《フローラル・フローラブ》は題材が「お嬢様」で、ENSEMBLE 社に憑依されたかのようだった(もちろん最終的な物語もお嬢様とは関係なかった)。そして今年のゲームが発表されてまたしてもつまらないと感じた。名前は《金色ラブリッチェ》、題材はまたしても「金髪」で、ヒロイン全員が金髪。パッと見は誰かの性癖を満たすためだけに作られたように感じる。個人的に金髪は好きではないし、金髪好きな人もあまり見かけない(銀髪好きなら見たことがある)。金髪の男もろくな奴じゃないし、とにかく意味不明だ。もちろん、これまでの SAGA PLANETS のゲームの経験から、この「金髪」もきっと煙幕で、最後には所謂 GRAND END が待っているに違いない。そしてその結末は 99% 「金髪」とは関係ない。 もちろん、ゲームをクリアした後、半分は当たっていて、半分は間違っていたと思った。
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『Pure Marriage ~赤い糸物語~セリカ編』レビュー

老呉、30歳、非モテです。 老呉は俺の高校の同級生で、特徴は助平なくせに小心者なところ。限られた記憶の中で最大の印象といえば、高校の授業中にボロボロになるまで読み込んだ「エロ本」を片手に、自分の性体験の思い出を嬉しそうに語っていたことだ。 高校で性体験を自慢するのは、もう優越感の塊で、ヤバいレベルだった。 天朝の高校と日本のギャルゲーに出てくる高校は別世界で、彼女がいる奴の方が少ない。性生活なんて、憧れても手が届かない。 当時は俺も老呉を羨望の目で見ていたが、今思うと自分は純粋すぎた。老呉の高校時代の振る舞いは、とても性体験のある人間のそれではなかった。 何しろ、手元のエロ本を弄る以外の最大の趣味が、ベランダに突っ伏して女の子を眺めることだったのだ。 隣のクラスに転校してきた娘がいた。黒髪ロングストレートで、オシャレ好きで、ちょっとクールビューティー系。高校の段階で制服のチェック柄スカートを履きこなし、白い太ももと絶対領域を披露するなんて、時代を先取りした人だ。誰だって彼女を見れば、誠意を示すためにちょっと微妙に反応してしまうだろ? 老呉は隣のクラスのあの娘を見つけて以来、毎日心の中で思って口に出して、まるで自分の女にでもなったかのようだった。

『絆きらめく恋いろは』レビュー

AMUSE CRAFTって会社はなかなかヤバいらしい。少なくとも傘下にいくつかイカしたブランドを持ってるし、何人かヤバい絵師が協力してくれてるし、新島夕をはじめとする有名どころも引っ張ってこれる。 あ、そういえばこの会社、新しいブランドの馬甲を開くのが好きなんだよな。新島夕のあの二作品も、一回使ったらポイの新馬甲だったじゃん。 で、今回もまた新馬甲を開いた。名前はCRYSTALiA。で、いかにもイキりながら「今回の新作のコードネームはKatana、つまり日本語で『刀』だ」とか言ってる。 だからコードネームが「刀」のゲームのフルネームが、このダサすぎる『絆きらめく恋いろは』なわけ。中国語の意味はどう訳したらいいかわからんが、まあ「輝く絆が恋を芽生えさせる」みたいな感じだろ。

『Making*Lovers』レビュー

少し前にこんなことを考えた。 いったいどのギャルゲーが、リアルの恋愛にいちばん近い恋愛体験を提供しているんだろう? 無理やり考えてみると、真っ先に浮かんだのが SMEE という会社のゲームだった。 そう、SMEE は HOOKSOFT と実質同じで、「段階的な恋愛」を描くことに重きを置いていると謳っていて、「主人公とヒロインが、出会いから知り合い、知り合いから恋に落ち、恋から……いや、恋からゴールインへ」みたいなスタイルのゲームをよく出す。ただし口ではそう言うものの、ゲーム自体はあまりそう見えないんだけどな。 なんだろう、SMEE のゲームは日常の中でギャグや小ネタをやる感じのものが多い。最初のフレラバ friend to loverの頃はまだそこまで露骨じゃなかったけど、後のPureXConnectだのステップ彼女だのからは、ゲームのギャグ部分にどんどん重心が移っていって、ヒロインの個性や主人公のツッコミをより誇張した表現で見せるようになった。中には主人公まで変態みたいにして、そっちにツッコませるものまである。 SMEE はギャグ路線でどんどん逸れていってる感じがある。特に前作の「田舎恋愛」なんかはもう小ネタの集合体で、ヒロインたちにもこれといった特徴がないし、絵柄も怖いし、プレイしててマジで苦痛だった。本田さんが演じる田舎のお嬢様がゲーム中ずっと下ネタを連発するのを見せられて、しかも精子を観察するらしい小ネタとかもあって、泣くに泣けず笑うに笑えず、最後の告白もすごくお約束で気が抜けてて、わけわからんまま終わった。 個人的に好きなのは SMEE 初期のフレラバのスタイルで、ゲーム中の会話は「女の子を知る」ことが中心、選択肢も「女の子とコミュニケーションを取る」ことが核になっている。しかも多くの女性キャラの造形がリアルの恋愛にかなり近い。特に望月里奈、それに野菜を売ってる沢渡岬先輩あたりだ。これが SMEE のゲームがリアルな恋愛に近いと言っている理由でもある。 そして今回 SMEE がまた新作を出した。Making*Lovers だ。これもプレイヤーが恋愛対象を探すのが主導で、スタイルはやっぱりあの軽妙でユーモラスな会話タイプ。しかもゲーム開始時にすごく簡単なプレビュー版が配信されて、各ヒロインと数分ずつ会話する程度のもので、正直何がなんだかわからなかった。その後体験版も出たけど、もうすぐ発売だし見る気も起きなかった。 製品版をプレイして言えるのは、これは近年の SMEE でフレラバの次に良いゲームだということだ。

『且听琴语』レビュー

『且聴琴語』、別名『純粋な心のマウント合戦音楽界(juan)』。あらすじはこうだ。文学的なのに教養ゼロ、性志向不明の浮浪者が、中国の城管がいたりアメリカのゲイバーがあったりするのに全員が日本語を話す、どこの国かもわからない、たぶん東海の中心にある无名の小島の海辺都市の音楽学校に紛れ込んで、女の子を口説いては発狂する話。

『桜ひとひら恋もよう』レビュー

Parasolがまた新作を出した。正直、Parasolにはもうそこまで期待していない。作品から特色も売りも失われているからだ。最後に爆点があったのは『晴のちきっと菜の花びより』、通称「晴菜花」だ。あのゲームは物語の論理に大きな問題があって、地雷と言ってもいい出来だった。それ以降のParasolはぱっとしない。出てくるのは小品ばかりで、適当に作ったようなものだ。設定も陳腐で、これといった見どころもない。たとえば前回の「水泳部」とか、年明け前の「彼女との恋愛日常」みたいなやつ。学校の設定をテキトーにこしらえて、ハーレムを用意して、ハーレムにはあらゆる女の子が揃っていて、自分の好みで一人選んでヤって、それで終わり。 この感じはなんだろうな……恋愛というより、風俗である。 そんなわけで今回Parasolが出した新作が『桜ひとひら恋もよう』。タイトルはどう訳せばいいのか分からない。桜の花びら一枚が恋の形?桜ひとひら恋模様?まあそんな意味だろう。しかし新作の設定を見ても、やはり興味は湧かない……ゲーム内に9歳の幼女小学生がいるのを見つけたが、よりによって攻略できない。 設定はこうだ。主人公は普通に学校に通っていたが、進学率だの経営難だのを理由に、突然別の学校に統合されることになる。主人公は納得せず、同級生たちを引き連れて抗議する、という話。 日本の少子化はますます深刻で、学校統合の設定も珍しくない。この設定は要するに、従来の「女子校が統合してくる」というのを「女子校じゃない学校との統合を拒否する」に変えただけじゃないか。何が違うんだ。焼き直しもいいところだ…… 最初は確かにそう思っていた……後にゲーム内に大きな仕掛けがあると気づくまでは。

『ノラと皇女と野良猫ハート2』レビュー

『ノラと皇女と野良猫ハート』については、俺の評価はかなり高い。たとえアニメ版であってもだ。 脚本のはとが話のテンポを作る能力について疑ったことは一度もないし、このはとは本当に頭がいいと思っている。特にアニメ版で出した成果は、最小のコストで最大の効果を上げていた。 で、すぐに『ノラと皇女と野良猫ハート2』が来た。スタッフも元のままで、相変わらずの原液そのまま。どの面を見ても、一作目の肩に乗って一作目の栄光を再現できそうに見える。超展開なんて要らない、一作目のパターンをもう一回コピーすればほぼ安泰! ……安泰だったか? 俺はそうは思わない。
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『星降る夜のファルネーゼ』レビュー

今年のギャルゲー市場は正直言ってかなりつまらない。上半期から今まで、毎月の新作を見るたびに俺の表情は首を横に振るばかりだった。最初は自分が遊びすぎて審美眼が疲れたのかと思ったが、よく見てみるとそうでもない。上半期のゲーム内容はどんどん……平坦になっている。いや、平坦と言うと褒めすぎだな、どんどん退屈になっている。 多くの会社が非ストーリー志向の恋愛展開を選んでいて、しかもその多くがスイーツ作りと関係している。こういう作品も面白く書けていればシットコムとして見るのも悪くないんだが、他の作品はゲーム自体のシステムに対する一連の革新を始めている。 「ゲームシステムに対して」とは何かというと、要するに元々の「音声付き読書」から、ゲーム自体の「プレイアビリティ」の探求を始めたということだ。だから面白そうなゲームがいくつも出てきたが、AVGタイプに最も適しているのはやはり「謎解き」と問答中心の「探偵」ゲームだろう。 年初に桜花裁きがあった。あのゲームは難易度が高く、ストーリーも非常に起伏に富んでいたが、個人的には明治維新以前の日本の環境や文化があまり好きではなく、どこか抵抗感がある。 しかしその後、似たような別のゲームが発売された。絵師ゆき恵が原画、中澤工がプロデューサーを務める、mitiという新会社の「逆転裁判」的な作品、『星降る夜のファルネーゼ』だ。