ゲーム

『プトリカ 1st cut:The Reason She Must Perish』レビュー

ルクルというシナリオライターは、Galgame市場の中でちょっと異質な存在だと思っている。他の作品がまだ表面的でステレオタイプな二次元恋愛にこだわっている頃から、ルクルは演劇風の文章と演出で、ひと味違う見せ方をしてきた。「中二病哲学」だの「暗くて重い話」だの「テンプレ通りの校庭告白」だのに固まりきったGalgameのシナリオ業界に、一種の次元の違う一撃を食らわせたわけだ。 『紙の上の魔法使い』『水葬銀貨のイストリア』『空に刻んだパラレログラム』、そして『冥契のルペルカリア』を経て、ルクルは長いこと新作を出していない。サボっているからだと言う人もいるが、自分はそうは思わない。彼の一連の語りを追いかけたり、ちゃんとプレイしたことがある人なら、ルクルの得意な叙事の三本柱はすぐにまとめられるはずだ。矛盾だらけの悲惨な宿命、臆病な主人公と、長い時間をかけてその耳元で悪魔の囁きを続ける敵役、そして天才を造形して凡人が彼の前に抱く劣等感を描くこと。だから『冥契のルペルカリア』はすでに集大成なんだよ。ルクルが出し切れるものを全部詰め込んだ作品で、この作品の中に他の作品の影をいくつも見ることができる。自分はしばしば、ルクルは『冥契のルペルカリア』を書き終えたあと燃え尽きてしまったんじゃないかと思う。 もちろん、冗談めかして言えば「ネタ切れ」だ。

『Inverted Angel』レビュー

『Inverted Angel』に注目したのは、中村さんそ氏のファンで、彼女がこのゲームの主題歌(ED)を歌っていたからだ。 最初は、ただの「小品恋愛」もの、あるいは伝統的なメタや哲学なんかを少し深めに絡めた、よくあるインディー作品のパターンだろうと思っていた。ところが、実際に遊んでみて思わずこう呟いてしまった。 「なんだこれ!」

Playdate の正直な感想

PlaydateはPanicが制作・販売している携帯ゲーム機だ。あのスタジオは有名なゲームFirewatcherも作っていて、むしろそのゲームがあったからこそ、この制作チームはこれを作るための資金を得られた。 携帯機としてのPlaydateには、電子ペーパーに匹敵すると謳われるグレースケール反射型ディスプレイ(バックライトなし)があり、サイズは十分小さく、黄色い外観にレトロな携帯機風のボタン配置を備えている。 見た目からしてかなり精巧な印象を受けるが、さらに目を引くのは側面にある収納・引き出し可能な「クランク」だ。こういう操作デバイスは「携帯ゲーム機」というカテゴリでは初めて見た気がする。
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『饿殍:明末千里行』レビュー

このゲームはかなり前に買ったのだが、ずっと遊ぶ時間がなくて、最近ようやく時間を見つけてクリアした。相変わらずの手触りで、前に『葬花·暗黒桃花源』を遊んだときと近い感覚だった。ただ多くの箇所が大幅に改善されていて、全体としては嬉しい、いやちょっと驚かされた部分すらある。 まず態度を表明しておく。『餓殍:明末千里行』は非常によくできたゲームだ。前作『葬花·暗黒桃花源』をベースに、弱点をかなり改善している。今年個人的に「制作のレベルで非常に『正しい』ゲーム」だと感じた一本で、制作スタイルはもう正しい道を見つけたと思う。このまま突き進めば、もっと大きな成功を収めるに違いない。

『はじめるセカイの理想論』レビュー

誰にでも中二病の時期はある。俺も若い頃は「めちゃくちゃイカした哲学的で含蓄のある言葉」をありがたがって聞いていて、それを真理と崇めては、よく引用しては自分に教養があるかのように見せびらかしていた。 だいたい「人間はみんな自己中だ」「人間はそもそも原始的な欲望に突き動かされる動物だ」「社会は暗黒だ」「世界は陰謀だ」……みたいなやつ。 まったく、誰にでも自分だけの「黒神話」があるもんだ。 ただ、今さらそんなことを言われても、ちょっとアホくさいなと感じる。間違ってるとまでは言わない。多くは確かに事実だ。だが、どれもこれも「正しいクソ真面目な話」でしかない。 「人間とは醜く、自己中心的で、利に走るものだ……」(日本語で言ったほうが効果倍増、なになに「人間とは……」とか) そうだよ、で、何なの? それって当たり前のことじゃん。そんなのを繰り返し唱えたところで、その「人間の弱点」を利用して金を稼げるのか、それとも人間をそういう「弱点」から脱却させる手立てでもあるのか。むしろ毎日そんなことを唱えてるお前自身がずっとその「弱点」の中に生きてるんだろ? 大人になって、いろんなものを見るようになると、たいていのことはもう驚かなくなる。関心があるのは、どうすればもっと自分が気持ちよくなれるか、もっと現実的になれるか、そっちのほうだ。 ムカつくものを見たら、変えるか、受け入れるか、我慢するか。それ以外のことに意味なんてない気がする。 現実はそうでも、ゲームや映像作品の中ではこういう手の内容はやっぱりウケる。現実では無力だからこそ、仮想の世界では自分が世界を救う妄想ができる。だからギャルゲーの分野でも「創世神になる」的な題材がもてはやされるんだろう。平行世界が次々出てきて、滄海桑田、一瞬で万年を見るがごとき高次元的人类の生存体験を味わわせてくれる。 今回話すのは漩涡の『はじめるセカイの理想論』だ。

『ラブピカルポッピー』レビュー

実はこのゲーム、とっくにプレイ済みで、商業記事まで書いたんだけど、ブログにはずっと書いてなかった。単純に忘れてたからだ。 というか、このゲームのシナリオすらほとんど忘れかけている。今日ファイルを整理していなければ、自分がこれをプレイしたことすら忘れていただろう。 どんなゲームかって?SMEEいわく、これは普通のゲームじゃない。記念すべきゲームなのだそうだ。何を記念しているのか? まずSMEE創社15周年記念作。 そしてSMEE全作品の累計販売本数15万本記念作。 この二つの「記念」を初めて見たとき、思わず吹き出しそうになった。何の記念だよ。15周年って記念するようなものなのか?しかも本当の「15周年」でもない。よく見たら、この企画が立ち上がった時点で15周年だったってだけ……うわ、それもありなんだ。さらに「累計販売本数」を記念の理由にするのも初めて見た。どう見てもネタ切れで無理やりひねり出した感がすごい。

GPD Win Mini レビュー

最近ギャルゲーを遊ぶ時間は減ったけど、別に界隈から足を洗ったわけじゃない。ただ、いろいろ遊んだ割に書きたい欲求が湧かなかっただけだ。それに前回の記事のあと、手元の「ギャルゲー機」もアップグレードして、GPD Win Mini に替えて今も使い続けている。 この小さなマシンが予想外に良くて、特に「ギャルゲーを遊ぶ」という用途では、今のところこれ以上適した選択肢が見つからない。 昔「もう GPD の製品を買ったらウンコ食う」と言ったこともあるけど、この小さな奴は GPD 史上まれに見る優秀な製品になったし、俺が最も推せる「ギャルゲー機」にもなった。このウンコ、食うなら食おうじゃないか。

『僕の彼女は人魚姫!?』レビュー

何年も前、どこだったかもう忘れたが、たぶんGoogle Playストアで『僕の彼女は人魚姫!?』というゲームを見かけた。携帯ゲームなのに見た目はギャルゲーっぽくて、その時は遊ぶ時間がなくて積んだままにしてしまった。 その後、このゲームがPCに移植されてSteamにまで進出していたのを知った。もちろん多言語対応も含めて。そして気づけばこのゲームは俺のSteamライブラリに入っていた…… まあ、今さら言っても仕方ないが、俺は最近ずっとSteamのギャルゲーを「掃除」していて、この「人魚姫」も次のターゲットになったというわけだ。 ゲームはクリアした。ついでに全実績も解除した。だがこのゲームの評価となると、正直言葉にしづらい。

『Love Love School Days Update Patch』レビュー

『Love Love School Days』は以前プレイしたゲームで、こいつがまあ面白いのなんの。配信映えも抜群で、見てる側も飽きない。 まずマップが毎回ランダム生成だから、繰り返し遊べる。 セーブ非対応なのもあって、パターン暗記やSLでサクッとクリアは無理。 ホラー的な「追いかけっこ」要素が強くて、緊張感がハンパない。配信者のアドレナリンが爆上がりする。 「反直感的」なトラップも多くて、それがまた映える。 こんなにヤバいゲームなのに、なんで国内で配信されないのか謎だった。中国語版がないからかな。もともと全実績解除してたのに、先日ふと見たらアップデートが来てて、しかも実績が全部消えてた。 強迫観念に駆られて再インストールしたら、前よりずっと面白くなってた。
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『距离男主自杀还有七天』レビュー

2016年ごろだったかな。まだGoogle+が生きていた頃で、とにかく表現欲が強くて、何か書きたくて仕方なかった。Google+のあるコミュニティにかなり熱心に参加していて、そこで「三題噺」みたいなのをやっていた。関連する語としない語を三つ渡されて、それで話を書けというやつ。 それから、めちゃくちゃ凄い小説を連載で書こうと思った。当時はまだ中二病っぽい発想もあったし、ギャルゲーをやりすぎていたせいで、頭に浮かぶ話は自然とギャルゲー化していた。考えていたのは、皮肉な男主と女主が学校で繰り広げる話。学校で生徒が不審な死を遂げる。でも最後にはその生徒たちは全員自殺だったと分かる。黒幕は普段は可愛くて明るくて人畜無害に見える女主角で、彼女には知られていない暗いもう一つの顔がある。女主角は隠れた身分でインターネットを通じて学校の生徒たちを惑わし、心の闇を引き出して、自殺や相互の傷害へと導く。ただ楽しむためだけに。自分は完璧に身分を隠し、直接殺していないから責任を問われない、みたいな。男主角は友人の死をずっと調べていて、女主角は身分を隠して男主角と一緒に調べる。最終ボスはすぐ隣にいる、という感じ。 今思うとこの話は本当に中二病全開で、いろいろと未熟で幼稚だ。それでもこの題材が悪いとは今でも思わないし、むしろずっと書けると思っている。いわゆる「悪魔の囁き」は本当に人を死へと導けると信じているから。現代社会は誰もが大きなストレスを抱えていて、いろんな苦しみを抱えている。ちょっとしたことで追い詰められてしまうのもよくあることだ。 でも、話したいのはその物語そのものじゃない。最近気づいたんだ。昔書きたかったこの話を、本当に誰かが書いて、ゲームにしていた……それがSteamでちょっと話題になった『距離男主自殺還有七天』だ。