D100

ソニー D100:ファーストインプレッション

玄学が玄学たる所以は、言葉では言い表せない、あるいは正確に表現すらできない内容があまりにも多いことにある。 玄学の語彙も歳月とともに増えていく。たとえば俺が高校生の頃は「低音の下潜は適度、高音は透き通り、中音は甘く、解析が良い」みたいな言葉が主流だった。今は「音場が広い、低音がルーズかタイトか、中音が耳に張り付くか遠いか」になっている。詳しいことは知らんが、少なくとも「下潜」という言葉はもう見かけなくなった。 玄学のもう一つの特徴は正確に表現できず、統一基準もないことだ。多くの玄学マスターは専門機器で周波数特性を測るのが好きだが、どんな周波数特性が「女毒」なのか、どんな周波数特性が「音場が広い」なのか、どんな周波数特性が「ポップス向けチューニング」なのかを教えてくれる人はいない。しかも面白いことに、周波数特性を出しても「音楽は見るものじゃなく聴くものだ、聴感が大事」と言われてしまう…… わからん、本当にわからん…… 玄学には他にも奇妙で、説明不能で、理屈すら言えない言葉がたくさんある。 最近俺が耳にしたのは「音楽の味わい」と「モニターの風格」という二つの言葉。ソニーのD100録音筆は音楽鑑賞に向かない、という人が理由を挙げていた。 「こいつはあらゆる面でZX1を完全に圧倒するけど、音が冷たすぎて、乾きすぎて、モニターしすぎて、抑圧的すぎて、音楽の味わいがない。ZX1やPHA-2の方がずっと滑らかに聴こえる」 音が「滑らか」に聴こえるとは思わなかったし、音に味まであるとは……あらゆる面で完全に圧倒しているのに味がダメとは…… 一体何が音楽味で、何がモニターの風格なのか? 録音筆であるD100で音楽を聴くと実際どうなのか? 達人の話をいくら読んでも答えは出ないから、自分で聴くしかない。