Frontwing
必死に褒められようとするその姿、正直褒めづらい
数年前、ANIPLEX.EXE がソニー傘下のブランドとしてギャルゲー市場に参入したとき、一部のオタクは「ついに来たか」と騒いでいた。俺はといえば、『二次元狂热』にちょっとひがみ根性丸出しの記事を書いた。要はソニーは片手間でやってるだけで、この市場にそこまでの期待も見込みもないんだろう、ANIPLEX.EXE が外注のブランド貼り付けじゃなくて、いわゆる「ファーストパーティ開発」になったときこそが本当の「来たか」なんだ、と。
で、結果はご覧の通り。「来たか」は永遠に来なかった。ANIPLEX.EXE は2年近く鳴かず飛ばずで、今年になってようやく新作をぼちぼち出すようになったけど、相変わらず「外注」で「ブランド貼り付け」、しかも今回は「爛戸口」の名前を貼り付けているだけだ。
そんな ANIPLEX.EXE の中で一番知名度が高いのは、もちろん『ATRI』だ。このゲームはかなり王道な日本産未来モノで、別にクオリティが低いわけじゃない。お決まりの展開でも十分いい反応が得られるってのは、よくある王道の熱血燃えアニメに感動するのと同じ理屈だ。
『ATRI』の成功を再現するためか、当時のスタッフが ANIPLEX.EXE を離れて再集結し、今回の『GINKA』を世に送り出した。画風、脚本、制作会社、さらにはタイトルに至るまで、もう「前作リスペクト」の匂いしかしない。
じゃあ『GINKA』は『ATRI』と同じ感覚を与えてくれるのか?
客観的に言えば、間違いなくイエスだ。しかも『ATRI』よりよっぽど内容は多い。
でも「多い」ことがいいことなのか? ここが引っかかる。本作で一番理解できず、一番文句を言いたい部分でもある。
多くの創作で「世界の終わり」というテーマが好んで使われる。理由は自分でもよく分からないけど、たぶん「世界が滅んでもまだ君を愛してる」っていう感じがすごくロマンチックだから? あるいはみんな心のどこかに「廃土もの」への憧れがあるからかもしれない。
果てしなく続く荒野に、男女二人だけが残される。さまざまな廃墟の中をさまよいながら、人類が生き延びる意味を探す。たしかにこういうのはかなりクールに見える。
でも使いすぎるとクールじゃなくなる。
以前、うちのブログの記事にコメントをくれた人がいて、その人はPULLTOPという会社を蔑んでいた。正直、俺個人としてはPULLTOPの印象は悪くない。飛行機作りや田舎恋愛、それに星を見るみたいに、俺が面白いと思ったゲームもいくつか出してるし。でも確かにPULLTOPはイマイチなものや、わけわからんほど催眠なゲームも出してはいる。ただ、その大半は分社会社の仕業なんだよな。PULLTOP LATTEなんて抜きゲーブランドとして作られたんだから、催眠でもまあ仕方ない。少なくとも本家は問題ないだろ?
コメントをくれた人が言うように、PULLTOP本体はバカだってのは俺も思うことがある。例えば、飛行機作りのゲームはおそらく最初にSTEAMで配信された日本のエロゲーの一つで、パブリッシャーはMoeNovelという会社だった。このMoeNovel、ちょっと調べたら登録資産の内容がwillplusのサブブランドって書いてあった。willplusっていうのは、つまりPULLTOPの親会社だ。
実際willplusは結構デカくて、下にたくさんブランドがある。抜きゲーも多いし、普通のゲームもある。昔の螺旋桨とかPULLTOPとかensembleとかも全部その傘下だった。guiltyってブランドも知ってる。NTRを出すところだ。これだけ大きな会社なら、それなりにうまくやってるはずだろ?なのに、いつも見るのは愚策の数々で、中には頭悪すぎる措置もある。
具体的にどう頭が悪いのか、さっきの話に戻ろう。PULLTOP = MoeNovelなら、PULLTOP自身が自分のゲームを海外展開することを選んだってことだ。自分の製品を自分で出すんだから、代理店の問題もない。問題ないはずだよな?飛行機作りのゲーム自体の評判は良かったし、海外のオタクも遊びたがってた。有志の英訳も完成してたし、STEAMで出たら買うって言ってる人も多かった。
天時地利人和、ほぼ揃ってた。PULLTOPは別に翻訳する必要すらなく、英語翻訳のライセンスを取るだけでSTEAMで寝てても稼げたはずなんだ……
数年前、『グリザイアの果実』はFrontwingのアニバーサリー作品として大ヒットした。ヒットしたのには理由がある。まずゲーム自体の質が高く、「日常ギャグ」と「シリアスな本筋」を見事に融合させていた。30時間にも及ぶ共通ルートはひたすら日常ギャグ、そしてもう片方の30時間の個別ルートは怒涛の超展開。この「両方をしっかり押さえる」作りが高評価につながったのは当然だ。
グリザイアの果実:もしかしたら神ゲー
その後frontwingは調子に乗って、このシリーズの続編を出す。『グリザイアの迷宮』、『グリザイアの楽園』、さらにゲームのDLCもいくつか追加し、最後のDLC『グリザイアの旋律』を以て『グリザイア』シリーズは完結した。ゲームシリーズはアニメ化もされた。frontwingは「グリザイア」シリーズに区切りをつけて、新しい「反米神ドラマ」に取り掛かったように見えた……
Corona Blossom の第三巻がついに発売された。つまり第一巻と第二巻を経て、無理やり三つに分割されたこのゲームもようやく結末を迎えたわけだ。
振り返ってみると、三巻の内容配分はなかなか規則的だ。第一巻はアルネが地球に来るところ、第二巻は敵役が姿を現すところ、そして最終巻は最終決戦(たぶん)。
第一巻は、主人公が空から降ってきた一塊の金属と出会う話。金属は宇宙の彼方から来たもので、主人公に触れて小さなロリに変身し、主人公がアルネ(R-Ne)と名付ける。その後、宇宙海賊と名乗る連中が現れて、アルネは自分たちが先に目をつけた獲物だから引き渡せと言ってくる。
第二巻は、主人公が宇宙海賊と友達になって、彼女たちもそんなに悪い奴じゃないと分かる話。宇宙海賊も徐々にアルネを諦め始め、主人公とも友達になる。ところが最後に主人公の姉が突然裏切り、自分は科学者で、アルネという宇宙人は研究に使えると言い出す。
第三巻は、敵役である主人公のかなで姉が、宇宙人アルネを実験に送ろうとする。そして主人公に、アルネの宇宙の力があれば人類は多くの難病を克服できる、宇宙のロリ一人を犠牲にすれば人類全体を救える、自分に加われと言う。主人公は拒否し、宇宙海賊と手を組んで、かなで姉に抵抗しながらロケットを作り、アルネを故郷へ帰すことを選ぶ。
最後の結末は、アルネが故郷へ帰り、主人公も町で結婚して子供をもうけ、あの年アルネと出会った夏を時々思い出す、というもの。
昔からよく、日本人は島国根性だなんて言われるよな。
島国根性って何かっていうと、実はこれ二つの意味があって、一つはスタンダードな島国根性で、外の世界の文化を受け入れようとしない的な。もう一つはネットでよく言われる日本に対するアレで、ちょっと逆だけど根源は同じ。つまり、自分とこは土地も資源も狭いし歴史も短い、片やアメリカに虐げられ、片や中国がじわじわ発展してきて国内もなんだか落ち着かない。内憂外患の警戒状態で、常に自分は暗黒の谷底にいて支配の淵に立たされてる、苦しみに備えなきゃいけないと思い込んでる感じ。
実際この危機感はすごく正しいんだよ。昔の人が言っただろ、「憂患に生まれ、安楽に死す」って。だから日本人はみんな努力するわけで、少なくともその点では、中国史で何度も「天朝上国の夢を見て叩き起こされた」のよりよっぽどマシだと俺は思う。
ただ「島国根性」自体は褒め言葉じゃない。歪んでて、ちょっと強迫的で妄想がちな現れだ。だからこういうメンタリティは日本の文化や作品のあちこちに顔を出す。アニメでもたくさん見ただろ? 日本が殖民されたり、革命が起きたり、家畜みたいに囲まれたり、世界が日本中心に滅びたり、などなど……(適当に言っただけだぞ。XX王冠とも、叛逆の三鹿とも、禁忌の巨人とも言ってない)
で、類推するに、こういうメンタリティを反映したギャルゲーだって当然ある。例えば今回やった……『果つることなき未来ヨリ』。