Lump of Sugar

『きら☆かの』レビュー

ここ数年ずっと引っかかってることがある。あざらしそふと、通称「海豹社」って制作会社は一体何者なんだろう、と。毎日のように色んな会社や制作チームとコラボしまくってるくせに、自分とこで作るゲームは「XX彼女」みたいなテンプレ恋愛ゲーばっかり。で、その会社の背景を調べてみたら、これが全然シンプルじゃなかった。面倒な経緯は端折るけど、いわゆる「海豹社」の母体は元々Keyの原型で、比較的知られてる『One』ってゲームも作ってたところなんだよ。 家がデカイからなのか、それとも郷愁なのか、その会社は今もギャルゲー業界で生き続けてて、今は「海豹社」。そんで最近、また別の歴史ある会社とコラボした。どう見ても半死半生にしか見えないLump of Sugar(方糖社)との新作がこれ、『きら☆かの』。若者の流行に乗っかったように見えて、実際は思いっきりスベってる。

『遥か碧の花嫁に』レビュー

かつてこんな定番のネタがあった。Intelが新しい第11世代プロセッサi7-11700kを出したが、テストしてみると安い競合製品はおろか前世代にも劣るという、完全に逆ザヤの行為だった。名高いメディアGamers Nexusには「Waste of sand(砂の無駄)」と評価された。 そして俺も、Lump of Sugarが2023年に出した「新作」をプレイした後、似たような感想を抱いた。同時にタイトルの疑問も浮かんだ: 逆ザヤCPUを売るのは砂の無駄、じゃあ無意味なギャルゲーを作るのは何なんだ?

『アルカナ・アルケミア』レビュー

「糖塊社」(Lump of Sugar)から『アルカナ・アルケミア』という新作企画を見たとき、思わず笑ってしまった。 いまどき、まだこんな伝統的な「錬金術」ものをやるのか。 「錬金術」と聞いてまず思い浮かぶのは「人体錬成」だ。せめて錬金術が現代医学・哲学・化学の先駆けだとか、そういう話をしてくれてもいいのに。後でゲームの設定を見てみたら、案の定「獣耳の生命体を錬成してしまった」という話で、わざとなのかうっかりなのかもわからない。 十二月末にゲームが出てからというもの、「サメ」を見ると大阪の黒い服のオタクを連想して、そこからさらにアレな連想が働いてしまい、どうにも居心地が悪い。なのでまずはこのゲームを優先して触ってみたのだが、これが意外と悪くない。それどころか、『アルカナ・アルケミア』は「糖塊社」が最近出した中で最高のゲームだと言ってもいいし、自分の年間ゲームランキングにも入るレベルだ。
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『まどひ白きの神隠し』レビュー

日系のアニメ・ゲーム作品でよく見るパターンといえば、主人公の出自が不明で、異端者扱いされて叩かれ、最後には実は救世主だったと明かされる展開だ。もちろん日本のアニメ・ゲームでは「救世主」なんて呼び方はあまりしなくて、たいていは「神様」と言う。正直に言うと、最初に日本のアニメ・ゲームを見たとき、「神様」という呼び方を聞くたびに敬意のようなものを感じていた。だって神様だぞ、全知全能の。きっと極めて優秀な頭脳と、十分なカリスマと、我々凡人が足元にも及ばない長所を備えていて、高みの見物でこちらを「凡人」と呼び、Die Mortal!と叫んで熱い深呼吸をかますんだろうな、と。 でもその後、アニメ・ゲームに「神様」が溢れかえっているのを見て、ようやく悟った。なるほど、いわゆる「神様」は日本ではシェアサイクル並みに価値がなく、神を祀る神社は日本人自身のツッコミによれば公衆トイレ並みにありふれているらしい(実際、日本の公衆トイレは全然ありふれてなんかいなくて、俺はよく駅のトイレに行く羽目になるけどな)。物語に設定された「神様」に至っては、まったく相手にする必要がない。だって大半のアニメ・ゲームの「神様」は普通の人間よりポンコツだもの。 そうしてまた「神様」を冠したゲームが登場した。おなじみ Lump of Sugar から。

『ごほうしアクマとオシオキてんし』レビュー

2021年の年明け一発目の大作、いきなり盛大に吹かされた。「QUINCESOFT」の『ごほうしアクマとオシオキてんし』、漢字で書けば『ご奉仕悪魔とお仕置き天使』。つまり「メイドになる悪魔と、罰を受ける天使」だ。 この作品が俺に与えた衝撃があまりにもデカすぎるので、ゲーム本体の話は後にして、まずは「QUINCESOFT」というブランドがどうやって生まれたのか振り返ろう。

『ねこツク、さくら。』レビュー

過去の記事をときどき後悔する。 後悔の主な理由はほかでもない、若い頃にさんざんディスって、当時クソゲーに見えたものを大量に叩いたことだ。真っ先に思い浮かぶのは Lump of Sugar、糖塊社のゲーム。 『運命線上でスイカを切る』はシナリオが知的障害レベルだと書いたし、『恋想関係』はシステムがクソだと書いた。覚えてる。 なのに今回の Lump of Sugar の新作『ねこツク、さくら。』を前にして…… 涙が止まらない。俺は深く悟った。間違っていた、と。

『縁りて此の葉は紅に』レビュー

Lump of Sugar、そう、またLump of Sugarだ。方糖社、角糖社、糖块社、その新作がまた来た。 今回は他のクソ絵師を全部蹴り飛ばして、唯一戦える萌木原ふみたけだけを残した。しかも萌木原は唯一の絵師として画風を進化させていて、要するに前より可愛く見えるようになった。 このゲームの宣伝には大きなサプライズがあった。前述の通り女の子が可愛くなったのもそうだが、もう一つのサプライズは世界観の設定とゲーム自体の雰囲気だ。 宣伝では「紅葉」を大量に使っていて、タイトルの『縁りて此の葉は紅に』と相まって、ようやくちょっとした文芸っぽさが出てきた。 エロゲーのタイトルに文芸っぽさが出るのは本当に珍しい。みんな知ってる通り、今のクソ日本のACG作品のタイトルは全部「漢字名詞/形容詞」+「カタカナ外来語」の構造になっていて、しかもそれが何年も続いている。「星降る夜のファルネーゼ」だの、「初情スプリンクル」だの、「景の海のアペイリア」だの、「春音アリス*グラム」だの、「蒼の彼方のフォーリズム」だの、「水葬銀貨のイストリア」だの、「月影のシミュラクル」だの、こういうタイトル以外にも、全部カタカナか平仮名で漢字を書かないクソゲータイトルの方がもっと多くて、もう何と言っていいか分からないくらいだ。だから不思議でしょうがない。日本人も自国文化を叫んでるんじゃないのか? カタカナばかりじゃ無理だろ? まさか今後全部カタカナで書くつもりか? 森森森が散歩のことをツイートする時も「散歩」じゃなくて「ウォーキング」って書くんだぜ。日本人は漢字よりカタカナの方が打字しやすいからそんなに熱心なのか、俺には分からん。 とにかく、『縁りて此の葉は紅に』、このタイトルは気に入った。この紅葉の雰囲気と設定も気に入った。タイトルの意味もなんとなく分かる。「縁/姻縁」が前提にあって、「ここの葉が紅くなり始めた」ということだ。 正直、1月のゲームはどれも普通だと思ったが、このゲームが最後の希望になった。やってみた感想は、かなり進歩している、ただまだ伸びしろはある。

『もののあはれは彩の頃。』レビュー

正直に言うと、俺はななろば華のファンだ。黒歴史も多少あるけど、それでもファンなんだよ。女絵師が描く女の子には、男絵師には出せない特別な魅力があるとずっと思ってる。男には真似できない、女の子にしか分からない「可愛さ」がそこにあるんだよな。だから『もののあはれは彩の頃。』も自然と注目するようになった。発売延期を何度も繰り返して、体験版も出たからプレイしたけど、感想は……すごく微妙だった。 何というか、『もののあはれは彩の頃。』の制作元である QUINCE SOFT は糖块社こと Lump of Sugar の子会社だ。Quince はマルメロ、つまりカリンで、独特な果物で「気軽に食べられない」という複雑な性質を持つ。子会社の名前が QUINCE SOFT なのは、糖块社がもともと出していた「ある程度の遊び応えがある複雑なゲーム」を独立させて別ブランドにしたかったからだろう。「ある程度の遊び応えがある複雑なゲーム」とは何かというと、たぶん運命線上のφやMagical Charming、連想リーレシュンのような作品だ。単純な分岐じゃなくて、複雑な選択肢が大量にある。正直、こういうゲームは結構好きなんだが、『もののあはれは彩の頃。』に関しては、ちょっと複雑すぎる。

『学☆王 + PSP Ver』レビュー

正直な話、俺はもうほとんどただの萌え豚になりかけている。 萌え豚って何かっていうと、もう物語とか筋書きとかどうでもよくなってて、女の子が可愛くて声が良ければ、俺はもうこのゲームはアリだと思う。他の奴がダメって言っても、俺は無理やり理由をこじつけてでもアリだって言う、そういう感じの…… まあそれも仕方ないよな。何せこの世界は顔で決まるんだから。
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『Magical Charming!』レビュー

昔からギャルゲーが、お姫様みたいなアホな硬派ヅラの連中から疑いの目で見られ、見下されてきた最大の理由はこれだ。こいつはゲームとは言えない。 俺もゲームとは思ってない。せいぜい音声付きの読み物だ。何度も言ってるが、海外の連中が日本のエロゲームについて語るときに使う言葉は全部 Visual Novels だ。日本のオタクが真面目な顔で「今月もエロゲーやってる」と言ってる横で、海外の連中は What are you reading? と言ってる。もちろんギャルゲーってやつは本質的にどんどん小説化していて、作画やストーリー、音楽、エロ要素、はては初回特典だけで金を取る商業製品になってしまった。開発コストもそんなに高くないから、小さな同人サークルがギャルゲー会社から始めることも多い。どことなく中国の若者の起業って感じがする。 だが、昔はそんなもんじゃなかった。