NTR

『カサブランカの蕾』レビュー

よく各種掲示板を見ていると、面白い現象に気づく。女性中心の掲示板はクズ男を罵る書き込みばかりで、男性中心の掲示板はというと、一部のアダルトサイトを除けば、だいたいが叩き合い、そして「緑にされた(寝取られた)」という嘆きで溢れている。 「緑にされた」というのは確かにすごく奇妙なのに、なぜか普遍的な現象でもある。本当にそんなに大勢の人が寝取られているのか、本当にそんなに大勢の人が「許してやる」を選んでいるのか。ともかく、俺がよく行く掲示板のあだ名がいくつか変わってしまった。「緑化街」だの「雷霆崖」だの、もっと直接的なやつは掲示板のあだ名をそのまま「緑帽フォーラム」に変えている。 だから最近ネットを見ていると、いつもいろんな緑が目に入る。ハラールの緑もあれば、裏切られた緑もある。緑だの何だので、最初はうんざりしていたが、そのうち慣れた。見てくれよ、俺なんてそもそも相手がいて、その相手にすら寝取られていないんだぜ。緑かどうかなんて、気にする価値あるのか? 実は「寝取られる」という設定は日本のエロゲーでもよくある。日本語ではこれを寝取る、つまり NTR と呼ぶ。要するに、お前の彼女が他人に寝取られた、お前が緑にされたという意味だ。NTR 設定のゲームにも愛好家はいるが、大抵の NTR ゲーは大同小異で、お前が彼女を作る、彼女がお前の知らないところで他人にやられる、最後にお前は彼女を許すか別れるかのどちらか、という流れだ。 でも待てよ。なぜ NTR はいつも「女性が男性を裏切る」というお約束になっているんだ? 男性が女性を裏切るパターンは? 俺たちはこういう行為を「浮気」と呼ぶけれど、実際にはネット文化の「緑化」ほどにはならないだろ。

『放課後に乱れる姉教師と隣の部屋で喘ぐ妹 ~恋人になった女の子が、知り合いの嫌な男に寝取られる~』レビュー

俺はNTR好きでもないし、NTR好きの連中の心理も理解できんのだが、それでも日本のエロゲーにはNTR題材の作品が山ほどある。 いわゆるNTR題材ってのは、今の小学生が言う「好きな子が自分じゃなくて他の奴が好き」なんてレベルじゃなくて、「寝取る」って意味だ。意味は簡単、お前の嫁でも妻でも愛人でも彼女でも、他の奴に寝取られたってことだ。。。 要するに寝取られたわけだ。いくらお前が5chやACFUN、緑化街、雷霆崖5chを年中徘徊してても、寝取られたことに喜びを感じる奴なんて見たことねえ。だからNTR好きの心理はそう簡単には理解できん。 それなのにNTR系のゲームは後を絶たない。多くの会社がこういうゲームを出すし、中には専門のブランドを作ってNTRゲーだけを出し、ブランドの専門性を追求するところまである。 たとえばこの『放課後に乱れる姉教師と隣の部屋で喘ぐ妹 ~恋人になった女の子が、知り合いの嫌な男に寝取られる~』ってゲームは、自分は正統派NTRゲーだと名乗っている。

『エロ本を捨ててから兄の様子がおかしい』レビュー

人を愛するとはどういうことか。 人それぞれの考え方があるが、最初から最後まで「愛情」という言葉と「性衝動」は切っても切れない関係にある。ストレートでもゲイでも、勃たない相手を愛せるかというと、よほどのことがない限り無理だ。 歴史上、多くの哲学者が感情の問題を考え、多かれ少なかれ愛情を讃えたり見下したりしてきた。大半は愛情に対して自由で開かれた態度を取っていたので、我々はちょっと「淫ら」な書物をたくさん目にすることになった。 だがそんなことはどうでもいい。俺が言いたいのは、「愛情」は結局「性」によって表現されるものだということだ。しかし、どうしても越えられない大きな壁があったらどうする? たとえば血縁というタブー。 「彼女を愛しているなら幸せにしろ」と言う人もいる。 結果のあり得ない実の兄妹の間で、愛するということは、彼女を他人に譲るべきだということなのか? 普通の人から見れば、それは狂気だ。 そして「エロ本を捨ててから兄の様子がおかしい」は、まさにそんな狂気のゲームである。
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