Once`

『Once`』レビュー

国内のHip-Hop音楽シーンにはこんな現象がある。一部のアーティストが曲調、Flow、節回し、さらにはメロディや伴奏、果ては歌い方まで完全に海外のとあるアーティストを模倣していて、やってることは中国語で歌ってるだけ。最初は界隈で「漢化裁縫」と呼ばれていたが、今ではこういう連中にもっと的確な呼び名がある。「コピー人間」だ。 「コピー人間」という言葉は実に分かりやすく、この行為の本質を直接描き出している。他人の全面的な模倣、しかも「コピー」や「クローン」のレベルに達している。言語が違うだけでもう「パクリ」と言ってもいいくらいだ。しかしこれは「パクリ」とはちょっと違う。むしろ「パクリ」以下かもしれない。なぜならコピー人間が「コピー」するのはほとんどが派手な外見だけで、本質までは「コピー」できていないからだ。コピー品は拙くて滑稽なだけで新鮮味はほとんどないが、パクリなら間接的に原作を楽しめるという利点もある。 こういう行為は「Hip-Hop」界隈に限った話ではなく、あらゆる界隈に存在する。死刑宣告されてから数年経つ斜陽産業のギャルゲー界隈にも「コピー人間」はいる。特に我々が一番よく知る「国産ギャルゲー」の領域だ。というか、大部分の「国産ギャルゲー」はコピー人間と言っていい。話の舞台は国内の生活なのに、どう見ても国内とは関係ない。話し方や各種のネタは全部日本から来ている。これが俺が何年も前から批判し続けている「まともに喋れない」の「二次元語」だ。この風潮は国内の大部分の二次元ゲームにまで深く影響し、国産の声優たちが演じると痛々しいほど気まずくなる。そして最後にはその気まずさの原因を声優の実力不足と「母語羞恥」に押し付け、さらに国産声優がアイドル化・配信者化したあとに育った純化ファンが必死に擁護する。まさにポストモダンな構造のカーニバルだ。