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ゲームの検閲ってやる価値あるの?

少し前に Twitter を眺めていたら、Herkz のツイートが目に入った。Sekai Project による『グリザイアの果実』のリリースを手伝ったことのある人だ。彼がその続編――『グリザイアの迷宮』と『グリザイアの楽園』――について個人的な所感を呟いていた。 「個人的には、えっちな内容に興味がなくても、このゲームの 18+ 非修正版を待つと思う。全年齢版のわずかな新規 CG のために待つ価値があるかと聞かれたら、ないとしか言えないな」 「ちなみに、ask.fm でも言ったけど、『グリザイアの迷宮』で修正されてるのは 18+ コンテンツだけじゃない」 今読み返すとこのコメントはなかなか面白い。まず、これはゲームのローカライズ班の主力翻訳者の言葉だ。そしてその翻訳者は、自分が翻訳したゲームが最終版でとある事情により一部内容がカットされることを知り、ファンに向かって「自分は会社が出す『切除版』なんか無視して、後から出る 18+ 非修正版を待つ」と宣言している。これにはちょっと考えさせられる。自問してみるといい。すでに発売済みの「完全非修正版」のために、販売地域を増やす目的でわざわざ別の「修正版」を作る価値は本当にあるのか。あるいは「非修正版」の発売前に、待ちきれないプレイヤー向けに削減済みの「修正版」を先に出しておくべきなのか。