ギャルゲー

『蚕の贈り物』レビュー

『蚕の贈り物』は偶然見つけたゲームで、インディー系の小品…… 設定はすごくシンプル。妖精の森に蛾の妖怪がいて、蛾だから寿命がとても短い。だからその蛾の妖怪は死ぬ前に、自分が生きていた証を何か残したいと思っている…… このゲーム、「蛾の寿命は短い」という設定に忠実なのか、なんと制限時間を用意してくる。しかも……1分だけ。 そう、プレイ時間はたったの1分。

2020年に遊んだギャルゲーで一番好きだったもの

2020年はみんな本当に大変だった。エロゲーメーカーも例外じゃなくて、今年遊べる作品も減ったし、当たりも減った。で、俺が遊んだ本数はというと……相変わらず減らなかった。2020年に遊んだエロゲーは41本。2019年とほぼ同じ。つまり今年も全然進歩してない。そろそろフェードアウトするつもりだったのに。 ただ、今年は薦められる作品が増えた気がする。でも一つはっきり感じたのは……ギャルゲーの音楽がもうダメだ。正直に言うと、今年の「聴けるOPとED」をまとめようとしてみたけど、ろくに出てこなかった。あのレズビアンゲーのOPくらいなもんで、今年はゲームのOSTを買いたいとも思わなかった。だから音楽は省略。ゲームの話だけする。2020年に「俺個人が」いいと思った作品を見ていこう。

『ガラス姫と鏡の従者』レビュー

去年「2019年のお気に入りエロゲー」を書いたとき、1位を藤太先生の作品にした。 藤太先生はときどきやたら説教くさい展開を書くし、妙な「雑学」に妙にこだわって読んでて苦しくなることもあるけど、物語全体のまとまりは悪くない。なにより印象に残る作品を必ず書いてくれる。『フローラル・フローラブ』の勧善懲悪も、『タマユラミライ』の日本の民俗と比翼の鳥、さらには不老不死の伝説を探る話も、なかなか味わい深かった。JKを抱えた大阪黒シャークのリア充の言葉を借りるなら「でかい道理を語れる」ってやつだ。 ところが藤太はすぐに俺の顔をぶっ叩いてきた。今日話すのはこの『ガラス姫と鏡の従者』だ。
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『ごほうしアクマとオシオキてんし』レビュー

2021年の年明け一発目の大作、いきなり盛大に吹かされた。「QUINCESOFT」の『ごほうしアクマとオシオキてんし』、漢字で書けば『ご奉仕悪魔とお仕置き天使』。つまり「メイドになる悪魔と、罰を受ける天使」だ。 この作品が俺に与えた衝撃があまりにもデカすぎるので、ゲーム本体の話は後にして、まずは「QUINCESOFT」というブランドがどうやって生まれたのか振り返ろう。

『一途な(処女→)彼女と恋したい』レビュー

ここ数年のエロゲー市場はマジで縮む一方で、多くの会社が「シナリオもの」なんて作るのを諦めて、こぞって「短小精悍な売り肉抜きゲー」に転身してる。美名その名も「甘い恋愛を追求」だそうだが、実際は抜きゲー製作の低コストで回収してるだけ。みんなこの手の作品に中身なんてないって分かってるし、エロCG見たさに来てるんだってのも分かってるから、製作側も分かっててゲームにエロCGを詰め込む。小品作なら一巻じゃ足りないわけで、ヒロインをまとめて何人も描いておいて分割販売、薄利多売、これ最高じゃん? 今回語るのは『一途な(処女→)彼女と恋したい』、風車社ういんどみるの傘下ブランドCOSMOSから。ぶっちゃけこのゲームの最大の見どころは2つだけ。ひとつは原画の月杜尋、絵がマジで上手いしヒロインがマジで美しい。もうひとつが原案の保住圭。この保住圭は筋金入りのエロ野郎だが、「甘い恋愛」みたいなのを書かせると中々いい。かつての『俺もおまえもちょろすぎないか』なんか良かった。彼女がほしくてたまらないけど軽薄で、見る奴見る奴に告白しまくって、挙げ句の果てにひょんなことからヒロインに告白して、ヒロインがこれまたマジメに騙されてOKしちゃって、二人は先にやっちゃってから付き合い始める的な恋愛物語……

『終ノ空 Remake』レビュー

誰もが知るエロゲー界隈には、ある伝説が流れている。みんな口を揃えて「素晴日」は神ゲーだと言う。 だが、その「神ゲー」たる所以を尋ねると、返ってくる答えはどこか噛み合わない。 「素晴日はグロ CG がたくさんあるんだよ!」 「性転換フタナリの HCG もあるぞ!」 「暴力と性の要素が盛りだくさん!」 これを聞くと、ここで言う「神ゲー」はただ「過激なエロ」のせいで神ゲー扱いされているだけなのでは、と思えてくる。しかし「素晴日」に関してはそうでもないらしい。ネットでこのゲームの感想を検索すると、必ずと言っていいほど「非常に哲学的だが、要領を得ない」感想文が山ほど出てくる。 「非常に哲学的」というのは、多くの人が「素晴日」をプレイした後に長文を残し、その中で古代のクトゥルフ神話から後年の並行世界まで、ありとあらゆる内容を縦横無尽に引用し、あたかもこのゲームの深さが巨大な哲学書並みであるかのように語るからだ。 しかし「要領を得ない」のは、俺がそんな文章を読み終えても、結局このゲームがどんな物語なのか最後までわからなかったことだ。ただ、このゲームの脚本家が SCA 自だということだけは覚えた。 後になって好奇心から「素晴日」を試したことがある。当時日本語は読めなかったし(今も読めないが)、やったのは漢化版で、2時間ほどでゲームを閉じた。理由は簡単:つまらない。 このゲームの多くの会話は、完全に「無理やりな哲学論調の無脳な植え付け」で、実際には二人が雑談しているだけなのに、大量のいわゆる「哲学的内容」をぶち込んでいるだけ。逆にゲームの主軸は主人公がうろついて会話するだけで、それ以上ではない。 当時の俺が求めていたのは「超展開」と「世界を救うレベルの戦い」で、「素晴日」は明らかに俺の好みではなかった。 その後、幸運にも「素晴日」と同じ脚本家の『サクラノ詩』をプレイする機会があった。その頃にはもう中二病丸出しのバカ設定ゲーには飽きていたこともあり、『サクラノ詩』にはかなり高い評価を与えている。『サクラノ詩』は物語として強い印象を残した。天才同士の主人公たちの会話、どこか「傷仲永」的な展開、そして最後の少し切ない結末。ゲーム中の哲学的な議論も今なお記憶に残っている。特に「美術」と「数学」の関係についての話は、女教師の前で見事にイキるのに使えた。 そんな風に『サクラノ詩』には良い印象を持ち、評価もしているのだが、ネット上の『サクラノ詩』の評価を見て呆然とした。なぜなら、見覚えのある光景がまた目の前に現れたからだ。 ネット上の『サクラノ詩』の好評は、相変わらず大量の哲学的な文字で埋め尽くされている。ゲーム中のやや中二病的な会話、ゲーム内で引用された日本文学の断片、そして幻想に満ちた自己陶酔。 もちろん、ゲームの筋書きについての紹介はほとんどない。中にはあらすじすらないものもある。聞かないでくれ、聞いたら「ネタバレ回避」だ。しかし、ネタバレを避けたとしても、ゲームがどんな物語を語っているのかは説明できるはずだ。そうでなければ、お前がこのゲームをどれだけ褒めているかだけを見て、何を語っているのかもわからないのに、どうやって自分に合っているか判断しろというのか? これで思い出したのは、かつての「素晴日」だ。同じ感覚。そしてすぐに合点がいった。『サクラノ詩』を通して「素晴日」を見れば、それがどんなゲームかわかるはずだ。 もちろん、今に至るまで、俺は「素晴日」を再プレイしていない。

『さくら色 Dreamer』レビュー

2020年の最後の月、妙な日付に妙なゲームが現れた。『さくら色 Dreamer』である。 このゲームの開発元は「Cover」、子会社は「Hololive」と書いてある。ご存知の通りVtuberを運営する会社で、ヒロインもそこの所属Vtuberの一人、さくらみこだ。この名前がまたとんでもなくダサい。翻訳すると「桜巫女」になるからだ。 もちろん、Vtuberがゲームを出すのは今の業界の流れに沿った良いことだ。Vtuberは資本の寵児で、売れてる連中は金に困ってない。エロゲー屋よりよほど金持ちだから、ゲーム作りも気合が入ってるに違いない。 で、そのゲームを見たんだが、マジで腹が立った。

『紅月ゆれる恋あかり』レビュー

前回の「続編」である『白刃きらめく恋しらべ』に心から失望してから、早いもので会社 CRYSTALiA がまた新しいシリーズ作品『紅月ゆれる恋あかり』を出してくれた。 制作陣を見てみると、この新作はどちらかというと「本気」を出しているように思える。少なくとも前作のぼったくり作品よりは本気だ。なにより最初の脚本家が戻ってきたし、原画の質も大幅に上がっている。もちろん、最初の企画が戻ってくるわけではないが。 ゲームの設定はむしろ「前日譚」に近く、各家族の先輩たちがこの学校に武術を学びに来るという物語だ。さらに主人公の設定も変わり、退役した教官として「問題児」だらけのクラスを受け持つことになる。

『ココロのカタチとイロとオト』レビュー

CUFFS 傘下の HOLOTTE ブランドが立ち上げたサブブランド・HOLOTTE ROI の新作、『ココロのカタチとイロとオト』。タイトルはまあありがちで、要するに「心の形と音と色」ってことだ。物語は、幼い頃から超能力を持つ主人公の話。他人の「心の声」が聞こえ、「心の色」も感じ取れる。怒りなら赤、楽しければ黄色、不機嫌なら紫、みたいな感じでな。 もちろん、聞こえだけなら最高に気持ちいい能力……かと思いきや、実際はそうでもない。頭の中がうるさいのだ。周りの人間が何を考えているか全部聞こえてくるんだから、うざくてしょうがない。主人公もそれをうざったく思っていて、そのうち「周囲の音を自動で遮断する」という特技を身につける。このクソみたいな特技を覚えたのは必要だったんだろう。おかげでゲーム内で主人公の超能力をいちいち複雑に表現する必要がなくなる。たまに画面が色でチラついて、主人公が何かを聞いたと示すくらいで、プレイヤーはすぐにあのクソ能力の存在なんて忘れてしまう。 で、ここからが本題。主人公の周りに二人の女の子が現れる。一人はピンク髪、もう一人は金髪。そこで主人公は不思議なことに気づく。自分の超能力がピンク髪には効かないのだ。つまりピンク髪の心の声は聞こえないが、金髪の声は聞こえる。この設定、どこかで見たことあるだろ? 金髪は内心、主人公のことが好きでたまらないのに、ツンデレで「ピンク髪のところに行け」と言ってくる。それでも主人公は報われない金髪を無視して、ピンク髪と盛り上がり続ける。
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『星空鉄道とシロの旅』レビュー

主人公は平凡な社畜絵師。ひょんなことから夜の蒸気機関車に乗り込み、どこへ向かうかもわからない旅に出る。 車内にいるのは主人公だけじゃない。スウェーデンから来た外国人、糸目のお兄さん、美人のお姉さん、それに黒猫ロリータ。もちろん、何を聞いても要領を得ない車掌もいる。 旅はいろんな場所を通る。北欧の黒い森、日本の南の島、北海道の函館天文館、そして主人公がかつて暮らしていた場所。 そう、この列車は時間と空間を越えた存在で、乗客たちをそれぞれがかつて最も憧れた場所へ連れて行く。外国人にとっては故郷の黒い森、糸目のお兄さんにとっては島が故郷、美人のお姉さんの故郷は北海道、そして主人公の故郷は当然、あの住まいだ。