ギャルゲー
何年も前、Google+ がまだ閉鎖していなかった頃、ある親切なネット友達が言っていた。彼が最も嫌いなのは、一部の「アニメ・ゲーム」作品のキャラクターが発するあるセリフで、それが口から出た瞬間に、その作品はクソだと無意識に思ってしまうのだと。
「人間なんて~そんなものだよ」
最初はその考えが理解できなかった。しかし、その後ギャルゲーをどんどんプレイし、いわゆる「神ゲー」に触れるうちに、こうした口を開けば「人間とは……」と語るキャラクターのことが……
マジでムカつくんだよ!
一番嫌なのはそのセリフそのものではなく、話し方の口調だ。高高在上で、自分も「人間」なのに常に神の視点で人類を批判する。自嘲しているのかと思えば、その清廉ぶりはそうは見えない。さらに嫌なのは、その行動が「文句は言うけど解決策は出さない」厄介な奴そのものだということ。たとえば、そういうキャラは決まって神経質に人類の醜さや自己中心性や愚かさをブツブツと呟きながら、自分も同じように醜く、自己中心的で、愚かな行いをしている。しかも真善美を訴えるわけでもなく、自分の愚行の言い訳を探しているように見えるだけで、本当に批判しているわけではない。
『Red:Cherish』が発表されたとき、正直そこまで期待してなかった。第一印象は「これ何?」って感じ。
伝説の「サイバーパンク」に「日常系レストラン経営」を足した組み合わせ、どう見てもネタ切れで何を作っていいか分からなくなった企画がその場で思いついたとしか思えない。
それでもこの会社が新作を出してくれたこと自体は素直に嬉しい。ずっと「前作の白髪椿」の遺産で食い続けると思ってたのに、コンフォートゾーンから出ようとしているのは評価したい。
体験版をやってみたら意外と良くて、製品版も買った。なのに、顔の笑みはじわじわ消えていった。
何というか、悪いゲームではないんだよ。ただ、俺の想像とは違いすぎた。
思春期の少年のほとんどと同じように、「性」が最も衝動的な年頃に、俺は「性」の扉を開いた。
きっかけは道端で見た小さな広告だった。壮陽剤の話で、ある「愛人」が捨てられた後、道端で浮浪者に出会う。浮浪者が寝ているのに、なぜか一柱天を突く。そこで「愛人」は飢えたように人目もはばからずに座り込む——続く言葉は荒唐無稽なのか妙に生々しいのか、俺には形容できない。「玉茎が玉門に滑り込み」「花枝が乱れ震え淫水が溢れる」とかそんな感じで、とにかくこの広告は最後に、この浮浪者がこんなに凄いのはあの壮陽剤のおかげだと教えてくれる。
この広告はとにかくデタラメで不合理だ。そもそも浮浪者がどうやって人民元98元一箱の偽壮陽剤を買えるのか。大通りで女がわざわざ物乞いの上に座るはずもない。お前らバイブ持ってないのか?
その後、「性」についてさらに荒唐無稽な知識を得たのは『黄夏流教授』というシリーズの小話からだった。これはどこかの古新聞の山で見つけたもので、どこの街頭のタブロイドが印刷したのかは知らないが、中身の多くは馬鹿げていて、時には時代を皮肉る味わいもあった。文化大革命期の荒唐無稽さも含めて。今でもネットで「黄夏流」の痕跡は見つけられるが、これを見たことがある人はもう50歳だそうだ……
2022年の初めは本当にいろいろあって、ずっと文章を書く時間がなかった。今一番困っているのは、頭の中にネタはたくさんあるのに、それを書き出す時間がないこと。もう2022年も三分の一が過ぎようとしているのに、去年のゲームの総括がまだできていない。最初は罪悪感みたいなものもあったけど、書いても書かなくてもいいんじゃないかと思い始めた。結局ほとんどの人はこの手のゲームをやらないし、見て楽しむだけの野次馬だ。とはいえ自分へのけじめとして書いておこう。誰かの役に立てばそれに越したことはない。
2021年にプレイしたゲームは全部で31本。2020年より10本も少ない。正直、自分が時間を取れなかったというより、2021年のゲーム自体がクソだったからだと思う。しかもかなりの本数が「非常に独特」なレベルでクソだった。そんなわけで、おすすめできるゲームを紹介したあとに、その年話題になった作品にもツッコミを入れていく。いつも「なんでXXXがないの?」と聞かれるのが面倒だからな。
松山剛という人は知っている。彼の書いた『君死にたもう流星群』を読んだからだ。あの小説が完結しているのかどうか、いまだにはっきりしない。5巻まで出て止まっているし、自分は3巻で止まっている。公式の話では完結しているらしいけど。
あの小説の筋もまあシンプルで、男主の幼馴染が死んで、その心の傷から抜け出すまでを一冊まるごと使って描く話だ。その小説で一つ斬新だと思った設定があって、ヒロインは実は本当の意味での「地球人」ではなく「宇宙人」で、ヒロインの母親が宇宙空間でヒロインを産んだというもの。ここが一番印象に残っている。
正直、あの小説は1巻で終わってよかったと思う。1巻まるごと、とにかく説教くさい話が多すぎたし、男主も最終的にヒロインの死から立ち直った。ところが最後に物語は超展開を迎えて、ヒロインを救う方法があるかもしれない、と男主に告げるんだ。
それで自分はその後を読む気が失せた。想像するに、続きは男主が超自然的な能力(タイムリープとか宇宙跳躍とか)を使ってヒロインを救い出す……そんなところだろう。
俗、俗すぎる!
Sonoraというブランドは最初、どちらかといえば「今どきの若者」に寄せたノリを作ろうとしていた気がする。1作目が「ソシャゲ課金」ネタ、2作目が「二次元アイドル」ネタ。どれも今どきの若者が大好きで流行っている題材だ。ギャルゲーメーカーが新ブランドを立ち上げて新規ユーザーを取り込みたいなら、そういう動きは至って普通だ。
ところが3作目で様子がおかしくなり、「エロゲーショップを開く」みたいな妙にコアな話題を出してきた。そして今回の4作目で完全に解き放たれた。エロゲープレイヤーにはお馴染みで、若者は全く興味を持たないあの領域、「エロゲー開発」へと踏み込んだのだ。
『ウチはもう、延期できない。』
タイトルは、今のエロゲー開発会社の現状の一部をそのまま表している。コロナで人手不足、金も足りない、斜陽産業に追い打ち、開発はたびたび延期、発売日は飛びまくる。もはや業界の日常だ。
このゲームのテーマは発売前から想像できた。Sonoraの前作エロゲーショップゲーのノリからして、エロゲー制作会社の日常をギャーギャー笑い飛ばしつつ、前作のエロゲーショップや一部アイドルキャラをカメオ出演させる。仕事が忙しい描写も少しはあるけど、すぐに危機を脱して最後はハッピーエンド……。
で、このゲーム……本当に想像通りだった。
2021年の初め、ギャルゲーを遊んでいて思わずこう呟いた。
「今年の序盤のゲーム、こんなにクソじゃ、下半期の大作しか今年の評価を救えねえだろ」
そして下半期まで待った。伝説の「大作」がついに現れた。
『創作彼女の恋愛公式』
発表時はバフがてんこ盛りだった。「G線」の絵師、新島夕の専属プロデューサー、誰よりも恋愛を分かっていると豪語し、小品作の数々でLightを一年延命させたCampusの脚本、そしてAkabesoft2が本社最高のアシスト資源を投入。すべてがこのゲームに年末の一撃を託していた。
その後体験版が公開された。正直、体験版には鼻につくところもクソなところもあったが、全体としては悪くない出来だと思った。何より女二号の「桐葉」が目を引いた。上半期には絵師としてゲームのデバッグに参加していることを突っ込んでいたのに、下半期には主人公を繰り返しPUAするゲームのヒロインに変貌し、シナリオにハイライトを生み出していた。
だから発売を楽しみにしていた。そして年末、製品版が来た。攻略にシナリオロックがあると書かれているのを見て、嫌な予感がした。後に公開されたOPのタイトル「奇跡なんて、いらない」を見て、その予感は確信に変わった。
「まさか、このゲームまたクソみたいなことやってんじゃねえだろうな」
残念ながら、予感はまたも的中した。
そういえば、女装潜入モノをプレイするのはもう10年近くぶりだ。
え?「Monkeys?」のこと?あれはノーカウント。あれは精神病ゲーだから。
いわゆる「女装潜入」ものを長年にわたって作り続けている会社といえば、みんなおなじみの音符社こと ensemble だろう。この音符社のゲームはなんというか、感想をうまく言葉にできない。会社はずっと牙膏メーカー Intel の TikTok のようなペースでギャルゲーを出し続け、「女装潜入」と「お嬢様」の2つの要素を交互に組み合わせて作品を作ってきたのに、これだけ長いことやってても印象に残るものが少ない。多くの人はこのブランドを意識的にスルーしている節すらある。
理由は簡単で、同質化がひどすぎるからだ。
いわゆる「お嬢様」ゲーは、とても華やかな絵柄に「性転換小時代」レベルのシナリオを合わせたもので、プレイヤーはズボンを脱いでシナリオを C し、一発抜いて終わり。
「女装潜入」も同じく華やかな絵柄に「百合小時代」レベルのシナリオを合わせたもので、プレイヤーはズボンを脱いでシナリオを C し、一発抜いて終わり。
そうこうするうちに、このブランドのゲームは「シナリオなんてほぼない、とにかく女の子の絵が華やかで、ところどころ実用的、見た目目当てでオカズにする」というのがデフォルトになっていった。OP と ED は永遠に Duca、タイトルは永遠に「乙女」「花咲く」のたぐい。ensemble という会社は、そうやってぬるま湯で細々と生き長らえてきた。
ところが最近、何かを変えようとしているらしい。ゲームのシナリオと語りの力に手を入れ始めていて、前回は忍者モノを出し、そして今回の「女装潜入」作品はさらにガラッと変わっていて、なぜか妙に……刺さった。
『星の乙女と六華の姉妹』
タイトルはありがちだし設定もありがちだが、この ensemble をよく見ている人なら一目でわかる違いがある。
「このゲーム、絵柄が目に見えてクオリティダウンしている。」
絵のクオリティが下がった代わりに、ゲーム全体が変革されている。好奇心からプレイしてみて、本作はまさに ensemble の「女装潜入」……いや、全シリーズを通して最大胆な作品であり、最も奇妙な作品だと思わざるを得なかった。
ゲームのシナリオは簡単に言うとシンプルだが、そう単純でもない。
前置きすると、実はこのゲームはやりたくもなかった。Hookにはもうがっかりしていて、高凝集低結合の流水線モードで開発されたシナリオを見るだけでうんざりするし、あの万年変わらない最大解像度720Pが合わさって血圧がMAXだ……
でも「地雷」があると聞いたので突っ込んだ。わかるだろ、俺は「地雷」を遊ぶのが大好きなんだ。これが「ドM」の一種なのかは自分でもわからん。しかももっと気まずいことに、このゲームを遊んでしばらくしてから原稿依頼が来た。
だからわかるだろ、すでにこのゲームについてそこそこ長い商業稿を書き上げたところで、もう一度このゲームについて語れと言われると、正直めちゃくちゃ疲れる。しかもこのゲームはシナリオ面で本当に語るところが少ない。無理に言うなら、ゲームの「立意」と「翻車」ポイントから話してみよう。
かつて、とても好きな絵師がいた。白もち桜である。中国語では「白餅桜」と訳されることもある。Twitterのアカウントが開設されて間もなくフォローしたのだが、不思議なことに向こうからもフォローしてくれた。
茉宮祈芹さんに次いで、俺をフォローしてくれた2人目の絵師だったはずだ。
彼女のキャラクターにはかなり好感を持っていて、一番好きだったのはやはりナツイロココロロッグだ。ヒロインの表現が本当に心に響いたし、後の魔女こいにっきで参加したキャラクターも人物造形に昇華をもたらしていた。
白もち桜が描くキャラクターは、顔に八重歯、そして綺麗な衣装がメインで、本当に少女らしさを感じさせる。ただ欠点もはっきりしていて、いわゆる「判子絵」――要するに、何を描いても同じ顔になるのだ。
その後、白もち桜はいくつかの新作に参加し、たくさんの絵も描いたが、残念ながら大きな進歩は見られなかった。彼女の筆が生み出すキャラクターはいつも同じポーズばかりで、常にパンツを見せ、常に同じ笑顔……。
次第に、俺は彼女の描くキャラクターに反応しなくなっていった。対照的に、茉宮祈芹は普段は露出の高いエロ絵を描いていても、多くのゲーム制作で魅力的なキャラクターを出してくれる。例えば、あの『タマユラミライ』とか。
そして何より、彼女はもう長い間ギャルゲーの原画を手がけていない。以前は配信もやっていて、スーパーマリオを一度プレイしたことがあるのだが、その過程は見ているこっちの血圧が上がるだけだった。
しかし最近、彼女はついに復帰した。しかも漩涡社と組んで、小品を作ったのだ。名前が覚えられない。確か……
けもの道☆ガーリッシュスクエア
- «
- 1
- ...
- 8
- 9
- 10
- ...
- 45
- »