Saga Planets

『Ambitious Mission』レビュー

Saga Planetsは前作の評価が低かったあと、再び「さかき傘」をメインライターとして招き、新作の評判を立て直そうとした。 タイトルは「Ambitious Mission」。物語は北海道札幌市(ゲーム内では名前を変えているが)が舞台。孤児院で育った主人公は、ある日、学校の高嶺の花「有瀬かぐや」が密かに義賊の怪盗として活動していることを知ってしまう。正体がバレた有瀬かぐやも、主人公の身のこなしが良く、走るのも速く跳ぶのも高いことに気づき、あの手この手で彼を仲間に引きずり込み、怪盗として育てて自分の仕事の負担を減らそうとする。 同じ頃、札幌市で最も古い一族の一つ「石川家」も、街で暗躍する怪盗の存在に気づいていた。石川家の伝統は忍者のような方法で街の安全を守ることで、一族の十六代目「石川弥栄」を派遣して怪盗を捕まえようとする。結局主人公はある作戦で失敗し、石川弥栄に捕らえられてしまうが、彼女はこの怪盗の正体が隣に住む主人公だったことに驚く。そしてまたしてもあの手この手で、石川弥栄も怪盗チームに引き込まれてしまう。チームにはメイク担当のギャル「本郷虹夢」や有瀬かぐや家の使用人たちも加わり、こうしてチームが構成されていく。 「怪盗チーム」が揃うと、ゲームはこのチーム結成の本来の目的を説明し始める。札幌市には「アイヌ民族」が残した伝説があり、考古学者が発掘した「Ambitious」というアイヌの文字盤には12のスロットがあり、対応する12個の宝石を嵌め込めば、伝説の「医術の神」を召喚でき、どんな病も治るというのだ。 有瀬かぐやの姉・あてなは本来なら家の後継者だったが、子供の頃の交通事故で下半身が不自由になり車椅子生活を送ることになった。そのため有瀬かぐやが繰り上がりで後継者となったが、ずっと負い目を感じていた。 かつて札幌市にはFantomという怪盗がいて、この目的のために動いていた。その怪盗も成功後に姿を消した。そこで有瀬かぐやはかつての怪盗Fantomに倣い、宝石を集めて姉の病を治そうと決意する。

『かけぬけ★青春スパーキング!』レビュー

2020年は世界的に散々な年だった。コロナのせいで多くの産業が打撃を受け、日本のエロゲー業界も例外じゃなかった。 「例外じゃない」と言ったのは、エロゲー業界は理論上コロナの影響を受けないはずだからだ。要はソフトの販売だし、開発はオンラインで協力できる、販売はオンラインショップでできる、客層はオタクばかりで外に出たがらない。どう見てもエロゲーは影響を受けないはず……だが、実際のエロゲー市場はそうじゃなかった。 エロゲーの収益は初回出荷の売上に依存していて、その初回出荷はゲームの質じゃなく、特典が売上を引っ張る構造になっている…… 特典は当然、各販売店との連動が必要で、つまりは結局オフライン頼みだ。 2020年にもなって、ソフトの販売がオフラインに依存している。こんな状況は日本くらいだろう。 ただSaga Planetsは資金に困っていないようだった。前作『金恋』でかなりの富を築いていて、売れ行きも良かったのは明らかだ。しかもSaga PlanetsはKeyの親会社であるVisual Artsから離れて独立したという噂まである。調子に乗ってるな。今のSaga Planetsは「金に困らない」段階に戻ったんじゃないかと推測している。 前回Saga Planetsが金に困らなかった時、何をやったか覚えてるか?そう、あの懐かしい流れが帰ってきた! 前回は『カルマルカ』を世に出した。今回は『金恋』が好調だったのを見て、『かけぬけ★青春スパーキング!』を作ったってわけだ。

『カルマルカサークル』レビュー

むかしむかし、七人の人間が重い罪を犯し、天罰を受けた。 彼らは神と対話できるという島へやって来て、信心深く天に願った。赦しを請い、救済を求めた。 その心があまりに敬虔だったため、天の神は彼らに心を動かされ、神力でもって七人の罪を赦し、彼らが犯した罪をも取り消した。彼らのせいで死んだ者たちも蘇った。 そして過去の罪の歴史が変わったことで、七人は天に願ったことすら忘れ、幸せに暮らし続けた。 だが七人の所業は傍らの者に覗かれ、天に祈る儀式も覗き見た者によって書き留められた。 この儀式は後に「刻の調べ」と呼ばれるようになり、七人揃えば儀式を執り行えて、天の神の加護を得て、望むことなら何でも叶う、歴史すら変えられるとされた。 やがてこの儀式は悪人に利用され、取り返しのつかない結果を招き、悲劇を生んだ。 島の神社の巫女たちは、そんな悲劇を二度と起こさぬよう、儀式に必要な品を隠し、この「七人の伝説」を可能な限り薄れさせ、いわゆる儀式をこの世から消そうとした。 それから何年も経ち、同じく「七つの罪」を背負う者たちがここへやって来た。 彼らは偶然から「カルマルカ」という謎の儀式を起動するよう求められた。起動すれば自らの罪は消えるという。 だが儀式が起動した瞬間、彼らは自分のために罪を消すことも歴史を変えることも選ばず、この儀式を永遠に止めてほしいと願った。その願いも神に受け入れられた。過去がどうあれ未来がどうあれ、神の力で盲目的に変えるべきではない、大事なことは自分の手で握るべきだと気づいたからだ。 それきり「カルマルカ」も「刻の調べ」もなくなり、神に最も近いこの島も平穏を取り戻した。 カルマルカ*サークルの物語は、こうして終わった。
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『金色ラブリッチェ-Golden Time-』レビュー

業界の癌ことminoriがついにゲーム事業からの撤退を決めたと聞いて、嬉しさのあまり一日中何も書けなかった。 minoriといえば『悠久の翼』だの『Eden』だのといった「神作」を作ったことがあるわけで、それなりの知名度のある大手が突然「倒産」した(ゲームを作らなくなるだけだが)と聞いて、なぜか物悲しくなる人も多いだろう。だが俺はあえて言いたい。ギャルゲー業界がここまで悲惨なことになったのは、こうした死ぬに死ねない「老舗の頑固ジジイ」どもと大いに関係があると。 遥か昔を思い返せば、当時はまだギャルゲーという概念すら存在せず、あるのはいわゆるエロゲーム、その名の通り正真正銘の「エロゲー」で、内容のすべてはエロを提示するためのものだった。それが時代が下るにつれ、いくつかの老舗が参入したことで、エロゲーのエロ比率はどんどん減り、「物語性」がどんどん増えていった。業界の発展とともに「エロゲー」の中身は「三分ストーリー七分エロ」から、次第に「七分ストーリー三分エロ」へと変わり、中には「十分ストーリー、エロなし」という、まさに本物のビジュアルノベルと化したものまで現れた。コソコソとエロゲーをやっていたオタク連中も胸を張れるようになり、自分がこれをやるのはエロ画像を見るためではなく、純粋に物語を読むためなのだと主張し、さらにはオタクの中のエリートモンスターともなると、「エロゲーをやること」を「芸術的行為」にまで高める始末だった。 だから多くのメーカーが「全年齢」ゲームを出したがり、清廉潔白な日の光の下で「品物は出ていけ、人は入ってこい」を実現し、自社の産業が毎日AVと隣り合わせになることもなく、真のゲーム開発会社になろうとした。 聞くだけなら、新たな芸術の発生と萌芽みたいな話に聞こえる……しかしギャルゲーの受け手はもともと大衆ではなく、「乳を見せろ、尻を見せろ」というオタクどもなのだ。 だから全年齢路線に走ったKIDは死に、その衣鉢を継いで全年齢を目指した5Pb.は、今も偶然成功した『Steins;Gate』にしがみついて離さない。Keyも全年齢ゲームを出してはいるが、どうにも稼働頻度は止まっているようにしか見えない。minoriも全年齢路線を試したが、傷を大きく広げる結果となり、その後は必死に乳と尻を売って生き延びようとした。 「オタクは本当に気持ち悪い。ゲームは物語を読むためだなんて偉そうに言っておきながら、18禁じゃないと買わないと言い出す。結局エロ画像が見たいだけじゃないか」と批判する声は常にある。俺も何年も前はそう思っていた。だが今は違う見方をしている。

『フローラル・フローラブ』レビュー

Saga Planetsの去年の『花咲ワークスプリング!』(くそ、このカタカナ部分ほんと覚えにくい)については割と好印象だった。「話に大きな欠点はない」「日常会話がめちゃくちゃ面白い」「ヒロインはみんな可愛い」「音楽にも光るものがある」「絵柄も一見の価値あり」で、全方位に短所のないゲームだと思ってた。なのに同社の今年の新作『フローラル・フローラブ』には、最初からどうにも抵抗があった。 なにしろ最初は「お嬢様もの」と聞いて、ちょっと退屈だなと感じた。お嬢様と聞いて思い出すのは音符社のあの感じで、華やかな雰囲気、教養ある女性、主人公は潜入するか、あるいは御曹司として上流社会で贅沢三昧。そういう展開には興味が持てなかった。やがてゲームの正式名が公開され、キャラデザが公開され、設定が公開されて、一気に完全に失望した…… 「あの日、俺は天使を見た」 そしてStoryはまたしてもありきたりすぎる展開。名門校でいろんなお嬢様がいて、とりわけメインヒロインはベタベタ感が半端ない。脚本を確認したらゆずソフト常連の籐太ときた。もうこのゲームは無視しようかとも思った…… その後OP Movieが公開された。正直に言って、OPは『花咲ワークスプリング!』と比べると数桁レベルで差がある。多くの娘を見ても特に何も感じない。濃厚な廃萌の匂い、しかも最もシンプルで乱暴な廃萌だ。 それでもSaga Planetsを諦めたくないなと思い直して、体験版をやってみたら、中にはなかなか材料があった。宗教に関する描写も少なくない。そこでふと気づいた。体験版で大活躍しているのは、あの見るからにベタベタでバカ丸出しのヒロインではなく、異国の王女あ~ちゃん(アーちゃん)だった。他のキャラは、予想通りバカに見える。 「製品版でこの宗教と王女の題材を掘り下げてくれれば、このゲームはまだ救いがあるかもしれない」 そう考えて製品版をプレイした。しかも「王女√を一本だけやって終わり」のつもりで。他のキャラにはまったく興味がないし、その人にも見せ場はなさそうだったから。 ところがどうだ。最終的には止まらなくなり、王女√をやり、他のキャラの√も全部やり、最後には夜更かししてTRUE ENDまで走り切った。 そしてプレイ中のこのゲームへの評価はまるでジェットコースター。低から高へ、高から低へ、そしてまた低から高へ……これほど刺激的な感想を抱かせ、自分で自分の顔を何度も引っぱたきたくなるゲームは初めてだ。ISLANDもそうだったっちゃそうだが、あれは脚本家がわざとテクニックを見せているのであって、このゲームとはタイプが違う。